滞在型のスローツーリズムで見えてくる

さいはての地に息づく
伝統と革新

能登半島の先端に位置する珠洲市は、三方を海に囲まれたさいはての地です。起伏に富んだ地形は海からのランドマークとなり、古くから海上交通の要衝となって栄えました。珠洲市街が広がる飯田湾の北岸にある蛸島町は、江戸から明治期にかけては廻船業がとりわけ発展した地域。今もその歴史の面影を感じることができます。近年は国際芸術祭の舞台としても注目される珠洲・蛸島。その魅力をお届けします。

トップさいはての地に息づく伝統と革新滞在記 Slow-1

Slow-1

アートに彩られた里海里山

珠洲の新しい名所となったスズ・シアター・ミュージアム「光の方舟」。

スズ・シアター・ミュージアム「光の方舟」には、暮らしの中で使われてきた膨大な民具がさまざまな趣向で展示されている

旧保育所の内部に生まれた塩田千春(日本)作『時を運ぶ船』。常設展示されており、団体のみ観覧可能

地域に眠っていた宝を
呼びさますミュージアム。

使われなくなった体育館の壁にネオンサインが。
スズ・シアター・ミュージアム「光の方舟」として再生された。

日本列島のほぼ中央から日本海に突き出す能登半島。珠洲市はその先端に位置します。珠洲は3年に1度開催される「奥能登国際芸術祭」の舞台。2021年に第2回が開催され、市内全域のあちらこちらに、国内外の作家によるアート作品が出現しました。
外浦から切り立つ高台に建つ旧小学校の体育館は、劇場型民族博物館「スズ・シアター・ミュージアム『光の方舟』」へと生まれ変わりました。ここには、「大蔵ざらえ」によって珠洲市内約70軒の民家から集められた民具が展示されています。説明してくれたのは埼玉県から移住し、一般社団法人サポートスズのスタッフを務める鹿野桃香さん。「大蔵ざらえは、市内に古くからある蔵や納屋などを調査し、眠ったままの地域の宝を住人の記憶と共に集める一大プロジェクト。膨大な量の食器や調度品、農耕や漁の道具、ノートなどを一点一点、実測でデータ化し、すべてにタグ付けした上で展示しています。人々の記憶の中を巡り歩いていく。そんなインスタレーション作品になっています」
このミュージアムは、芸術祭閉幕後も常設となっていて、珠洲の人々が古来大切にしてきた暮らし、そして遠い記憶にふれることができます。

珠洲の古代の地層から掘り出された砂が敷き詰められた「余光の海」。
波の映像が照射される。スズ・シアター・ミュージアム「光の方舟」にて。

大きなガラス瓶は、酢、醤油、水お酒などの保存容器として使われていたもの。

遠い昔の記憶がよみがえり、思わず涙する来場者も多いという。

データが記録・管理される学術的な意義も大きい。

古いピアノ。どんな曲が奏でられてきたのだろう?

机のひきだしに、海辺の風景を写した古い写真が。

芸術作品と共に暮らすまち。

手前左が、廃線となったのと鉄道能登線の終着駅・旧蛸島駅のホーム。線路の先、右奥に
トビアス・レーベルガー作(ドイツ)『Something Else is Possible/なにか他にできる』がある。常設作品。

『Something Else is Possible/なにか他にできる』から備え付けの双眼鏡を覗くと線路の終わりに見えるのが、“Something Else is Possible”の看板。そのすぐ下で、おじさんが農作業をしていた。

「奥能登国際芸術祭」の会期中、珠洲市内に50点近いアート作品が出現しました。砂浜に、畑の中に、廃線跡に、使われなくなった工場や納屋、保育所、図書館にも。そのうちのいくつかは常設展示となり、珠洲の日常風景になっていきます。ゆっくりと、ゆっくりと。たとえば、屋根付きのバス停。とてもおしゃれなデザインだなと思ったら、これもロシアの芸術家の作品でした。かつての定期船の待合室がリノベーションされた「さいはてのキャバレー」には、アート作品である石の卓球台がそのまま残されていて、実際に卓球をプレイすることもできます。珠洲では、アートが暮らしに溶け込み、人々の暮らしを彩っているのです。

旧鵜飼駅の置かれた猿の彫刻は、現代人にもっとゆったりとしたコミュニケーションを提案する作品。ディラン・カク(香港)作『😂』。

かつての漁網を吊り下げて保管した巨大な倉庫に、珠洲の荒波を手描きしたフィルムを何層にも重ね合わせた大作。
デヴィッド・スプリグス(イギリス/カナダ)作『第一波』。

巨大な木製の手押しスタンプマシン。
フェルナンド・フォグリノ(ウルグアイ)作『わたしたちの乗り物(アース・スタンピング・マシーン)』。

実際に使われているバス停をアルミニウムのパイプで包み込んだアレクサンドル・コンスタンチーノフ(ロシア)作『珠洲海道五十三次』。常設展示。

実際に卓球を楽しめる浅葉克己(日本)作『石の卓球台第3号』。常設展示。

三方を海に囲まれた鰐崎の岬に設置された鏡面パネル。目の前の海をより強く意識させられる。キムスージャ(韓国)作『息づかい』。

珠洲焼資料館の建物をぐるりと囲む大量の壊れた中国・景徳鎮の磁器と珠洲焼。
海に流れ着いたかのように浜辺に展示された作品が場所を移され恒久展示されている。リュウ・ジャンファ(中国)作『漂移する風景』。

巨大なバケツから吐き出されるのは、この地に流れ着いた大量の漂流物。
スボード・グプタ(インド)作『私のこと考えて』。

『Something Else is Possible』の看板まで廃線を辿って歩いてみた。看板下のおじさんは農作業の手を止めて言った。「柿、好きか? そこの木からもいで持ってけ。いくらでも」。

2017年に閉所された旧保育所に展示されたのは、カールステン・ニコライ(ドイツ)作『Autonomo』。
壁や金属製の円盤に向かって自動で黒いテニスボールが送球され、偶然の音楽が奏でられる。少年は釘付けになっていた。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

珠洲にしかない、心地いい空気があるんですよ。うまく言えないけど」

奥能登国際芸術祭に関わる一般社団法人サポートスズスタッフ:鹿野桃香さん

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