いしかわ 明日への食卓

−N-Terraの料理人と生産者の方々−

レストランを彩る一皿の料理。そこには、たくさんの人の想いが詰まっています。野菜や肉を育てる農家、魚を獲る漁師、お酒を造る醸造家、器やカトラリーをつくる職人……。彼ら生産者によって愛情たっぷりに生み出された食材や器を、料理人たちは大切に使って料理に仕上げ、お客さんに届けています。
今宵、料理人たちは、日頃お世話になっている生産者への感謝の気持ちを伝えるために、スペシャルな宴を用意しました。石川の“美味しい”に関わるみんなの「明日への食卓」。その様子をのぞいてみましょう。

能登の食材を使ったフランス料理で人気の「ラトリエ ドゥ ノト」。

輪島のフランス料理店「ラトリエ ドゥ ノト」では、3人のシェフがディナーの準備に追われていました。ここ「ラトリエ ドゥ ノト」のオーナーシェフ・池端隼也さん、七尾市の日本料理店『一本杉 川嶋』の店主・川嶋亨さん、七尾市の洋食店『レストラン ブロッサム』のシェフ・黒川恭平さんの3人です。彼らは能登の料理人チーム「N-Terra」のメンバー。今夜は力を合わせて一つのフルコースをつくり、いつもお世話になっている方々をおもてなしします。

N-Terraとは?

食の力で農林漁業や輪島塗などの伝統工芸、酒造りの担い手に光をあて、能登の持続可能な地域社会の実現を目指す料理人ネットワーク。輪島市のフランス料理店『ラトリエ ドゥ ノト』のオーナーシェフ・池端隼也さん、七尾市の日本料理店『一本杉 川嶋』の店主・川嶋亨さん、七尾市の洋食店『レストラン ブロッサム』のシェフ・黒川恭平さん、能登町のジェラート店『マルガー・ジェラート』のジェラートマエストロ・柴野大造さん、七尾市のオーベルジュ『Villa della Pace』のオーナーシェフ・平田明珠さんで構成されています。地域の優れた食材や生産者の情報を料理を通じて発信し、人を呼び込むことで、生産者の収益向上や持続、後継者の育成にも取り組んでいます。

ゲストには、日本酒「奥能登の白菊」で知られる白藤酒造の杜氏・白藤暁子さん、普段使いの漆器を専門とする塗師の赤木明登さん、40種もの野菜を栽培する上田農園の園主・上田拓郎さんが参加されました。そこに、作家で日本のスローフード運動を推進する島村菜津さん、トラベルジャーナリストの寺田直子さんらが加わり、ディナーがスタートしました。

左から黒川恭平さん、川嶋亨さん、池端隼也さん。3人が力を合わせてコースをつくり上げます。

「能登ワイン」のロゼ・スパークリングで乾杯したあと、3人のシェフ合作の前菜でコースの幕が開けました。

カマスの大物を香ばしく焼き上げた川嶋さん。カマスは松茸と合わせてお椀に仕上げられました。

客席の横でもライブクッキングが行われ、一流の技が目の前で披露されました。スタッフとあうんの呼吸でキビキビと料理が仕上げられていきます。

洋から和へ、和から洋へ、絶妙な展開でコースが進んでいきます。

白藤酒造の杜氏・白藤暁子さんが見せてくれているお酒は、能登の里山で無農薬・無肥料で栽培されたコシヒカリで醸した「奥能登の白菊 自然栽培米」。
川嶋さんのお椀とのペアリング酒として抜群の相性を見せました。

1年365日、畑を見て回っている上田農園の上田拓郎さん(左)は、現場での気づきについて話します。トラベルジャーナリスト・寺田直子さん(中央)らも興味津々。

上田さんが持参したヒカリカブを何もつけずにそのまま味わってみます。みずみずしさときめ細かな舌触り、梨のような爽やかな甘みにみな驚きます。

折敷として使われている自分の作品を前に、塗りの特徴について解説する塗師の赤木明登さん。
池端さんをはじめ、数々の石川の料理人たちから依頼を受けて、専用の器を作ってきました。

料理紹介

川嶋さん作:そうめんかぼちゃの焼き浸しと中島菜の胡麻和えとサワラの藁焼き(中央)、池端さん作:ジャージー牛に黒毛和牛を掛け合わせて牧草やおからで育てた“能登玄牛”のロースト(右)、黒川さん作:能登のレンコンと真鯛のコロッケ(左)。

川嶋さん作:カマスと松茸、菊の花のお椀。

黒川さん作:アオリイカともののすけ(桃のようなカブ)のサラダ。足し算の料理になりがちな洋食の発想を離れ、日本人に馴染みある醤油もほのかに効かせた引き算の料理。

池端さん作:阿岸の七面鳥とコノミタケのフラン。門前町で育てられた七面鳥の卵を使い、七面鳥でとったブロードの旨味がいっぱい。

川嶋さん作:沢野ごぼうの七日炊き。栽培がとても難しく労力がかかる極太のごぼう、沢野ごぼうを7日間じっくり炊いた一品。

池端さん作:のどぐろと大トロナスを、のどぐろの自家製いしるのソースで。皮目をパリッと身はふっくら焼き上げられたのどぐろと、とろとろのナスの完璧な組み合わせ。

黒川さん作:能登牛のハンバーグ。旨味の濃いスネ肉をシチューのように煮込んでからハンバーグに仕上げた一品。濃厚な美味しさながら後味は軽やか。

川嶋さん作:能登島にある陶芸工房「独歩炎」の特注土鍋で炊いたごはん。自家製の海苔の佃煮や自家飼育の烏骨鶏の卵などをお供にいただく。汁は1年間寝かせた白藤酒造の酒粕を使った粕汁。今日の料理から出た野菜の皮や骨などを無駄なく使ってペースト状にしたもので、ふくよかで広がりある味わい。

池端さん作:自家飼育のジャージー牛のミルクで作ったアイスクリームと、能登のポポー。白藤酒造の貴醸酒を合わせていただく。上品な甘みが絡み合います。

アオリイカのサラダと合わせるのは「奥能登の白菊 純米大吟醸」。吟醸酒にしては口あたりは控えめな印象ながら、心地よい余韻が続いて、料理に寄り添ってくれます。

サラダのペアリングに登場した「奥能登の白菊 純米大吟醸」について白藤さんが解説してくれます。
「うちのお酒は全体的に香りや旨味が穏やか。この純米大吟醸も料理の引き立て役になってほしいと思って造っています。和食に限らず、このような洋の料理にも合わせていただけてうれしいですね」。
そんな白藤さんの話に、赤木さんは答えます。
「僕が普段飲んでいるのは、実はこのお酒。白藤さんのお酒は、能登の日本酒の中でも、ほのかな甘みが特徴的で、食中酒として飲み飽きすることなくずっと楽しめるんです」

池端さんが山で採ってきたキノコが登場すると、わぁと歓声が。キノコに詳しい赤木さんが「これがこのあたりでは松茸よりも珍重されるコノミタケ、これがシバタケ、カブシメジ……このシモオコシが出ると冬の訪れですね」と解説してくれました。

池端さんのフランには、コノミタケや七面鳥のモツがたっぷり。

のどぐろの料理を口にした上田さんは、「ん!?」と表情が変わりました。
「これ、僕のナスかもしれません。僕が育てた大トロナス。……やっぱりそうですか! うれしいな、こんなにすごい料理になるなんて。めちゃくちゃ美味しい!」と上田さんは微笑みます。
「生産者の方が最終的にどんなお料理になっているかを味わうことは、とても大切ですよね。どんな風に切って、どんな火入れをするか、甘みや苦みとか、どんな味が引き出されているか。それを知ることで、育て方は収穫の仕方も変わって、よりよい食材を提供できるようになりますから。N-Terraのメンバーはそこを普段からすごく大事にしているようですね」と島村さんは話します。

寺田さんはおよそ3年前のチーム結成からずっとN-Terraの活動を見つめてきました。
「5人のメンバーがそれぞれに地域の食材を深掘りして、料理人としての技術と知識を磨いてきています。さらにそれをうまく連携しているところが素晴らしい。こういう活動をしようとグループを作る動きは決してめずらしいことではありませんが、継続的に活動していけるケースは案外少ないのです。変わらず切磋琢磨しているところに、料理人としての高いプロ意識と、能登への強い愛情を感じます」

ハンバーグの付け合わせには、能登の昆布を挟んでグリルした玉ねぎを。

「N-Terraとのお付き合いで、僕も意識が変わりました。料理人の方の話をできるだけ聞いて、できるだけ野菜を美味しい料理に貢献できるように作りたいと思うようになりました。収穫ひとつとっても、朝収穫するのと夕方収穫するのとでは野菜の水分量がまったく違うし、満月に近いか新月に近いかによっても全然違ってくるんです。そういうタイミングもちゃんと考えて、ベストな美味しさを楽しんでほしいと思っています」と上田さん。

「漆も実は同じなんですよ。満月と新月で木のハリが全然違っているし、漆の水分量も変わってきて塗った時のノリもずいぶんと差が出ます。作業工程は月の満ち欠けを考えて組んでいるんですよ」と赤木さんは、農業と漆芸の共通点を指摘します。話題は尽きません。

土鍋で新米が炊き上がりました。つやっつや。

粕汁の器は、赤木さんの作品の最もスタンダードなお椀。手によく馴染みます。

この日、料理を担当した池端さん、川嶋さん、黒川さんに共通しているのは、生産者との交流をとても大切にし、自分も食材調達や生産に積極的に関わっていること。お店を飛び出したそのような活動を楽しんでいることです。
前日も沢野ごぼうの収穫を手伝ってきたという川嶋さんの言葉が印象的でした。

「地方でお店を開く料理人のミッションは、地域の食材の素晴らしさや生産者の思いをお店で多くの人に伝えること。まだまだ全然できていない。これからです。これから」

N-Terraのさらなる活躍と、彼らと連携する生産者のみなさんのこれからに目が離せません。

デザートワイン感覚で楽しめる白藤酒造の貴醸酒は、アイスクリームと一緒に。

美味しい料理を囲みながら、立場を超えて能登について意見を交換する有意義なひとときとなりました。

寄稿文

数十もの工程を重ねる輪島塗り。窯入りし、塩水を砂に撒く能登珠洲の揚げ浜天日塩。各地の凛々しい古民家群とこれをいかした宿、田の神さまをご馳走で迎える神事。千年以上続く温泉街や輪島の朝市、太古の漁を想起させる穴水のボラ待ち櫓、能登上布の機織りの技、神秘的な珪藻土の坑道跡・・・。
それらは歴史を遡れば、能登半島が、この国の表玄関の一つだったことの証だろう。さまざまな人と文化が往来し、この小さな半島に蓄積された文化の奥行きである。
また、暖流と寒流が沖でぶつかるこの半島は、多様でおいしい魚の宝庫だ。森にはキノコや山菜が豊富で、塩蔵して年中楽しむ。フグの肝を発酵させ毒抜きする文化もある。米も取れれば、蔵元にも恵まれ、山葡萄を掛け合わせた品種に富むワイナリーまである。
そんな豊かな半島の食文化と自然に寄り添う暮らしを世界に発信しようと、実力派の料理人や職人、生産者がタックを組んだ『N-Terra』も生まれた。競争ではなく、地域のための協働もやっぱり能登らしい。
環境の世紀、世界の潮流は、地域のオリジナルな文化と自然を守るエシカルな旅へ。心も身体も癒される旅。そんなスローな旅に能登半島は、最高の舞台である。島村 菜津

能登にはいつも驚かされる。
東京から空路わずか1時間。奥深い里山と郷土に根付いた暮らしが今も残る能登は日本人の原点のような土地だと思っている。集落を訪ねてみたり、畑での農作業を体験したり。夜には囲炉裏のまわりで酒を酌み交わしながら家の主人と談笑するのも楽しい。生命力あふれる新緑の季節から、稲穂が黄金色に揺れる秋、しんと静かさに包まれた雪に埋もれた季節まで。訪れるたびに新しい発見があり、自然と共に生きる厳しさと美しさを見せてくれる。
そんなどこか懐かしい場所でありながら、五感を刺激し心をゆすぶる美食と出会えるのも能登のすばらしさだ。主役は情熱ある若き生産者と料理人たち。田畑や山、そして海から。能登がはぐくんだ食材への真摯な想いと感性が人生の記憶に残るたぐいまれな食体験を与えてくれることにはただ感動するばかり。さらに高みへと成長し続けているため何度、通っても飽きることがない。
「ただいま」と思わず言いたくなる。懐かしくて新鮮な驚きに満ちた能登へ、今度はいつ帰ろうか。トラベルジャーナリスト
寺田 直子