滞在型のスローツーリズムで見えてくる

深い森に抱かれて
生きる知恵と伝承

富士山、立山と並び日本三大霊山の一つに数えられる白山。2100年前より神々が住まう神聖な霊峰として崇められてきました。そのふもとに位置するエリア「白山ろく」は、白山信仰の影響が色濃く残る地域。奥深い山に点在する集落は、かつて交易が不便で、農耕で得られる産物も限られていたことから、集落ごとに自給自足して暮らす知恵が発展していきました。ベースにあるのは、四季折々の山の恵みを生かした、身の丈に合った生活。現代にも根づく暮らしの知恵と伝承を体感しに行きました。

トップ深い森に抱かれて生きる知恵と伝承滞在記 Slow-1

Slow-1

山はいつも
厳しくて、
やさしい

日本海から白山の山頂まで続く白山市。山頂へ至る道、禅定道の一つ「加賀禅定道」と並走するように、
国道を走っていくことができる。街なかから20分も走ると、この通り車窓には雄大な山の風景が広がる。

「尾添大林の森」で突然、霧に包まれた。目まぐるしく変わる天気もまた山の神秘的な一面

森の中には、自然がつくりだす偶然の造形美であふれている。

里を静かに見守る広葉樹の森を歩く。

12月のある日、ところどころに雪をかぶった白山ろく・尾添(おぞう)地区を歩きました。案内してくれたのは、同地区の一里野温泉にある宿「岩間山荘」の女将、北村祐子さんです。ブナ林散策やノルディックウォーキングのツアーガイドも務める北村さんは、「まずは白山の広葉樹林を体感してください」と、「尾添大林の森」へ連れていってくれました。
落ち葉が積もった山道を進むと、すぐにどっしりとした幹から大きく枝を広げる高木の林に入ります。ブナ、ミズナラ、カツラ、ホオノキなどの落葉広葉樹が、ほどよい間隔ですっくと立ち、自由奔放に枝を広げている姿を見ているだけで、心が落ち着いてきます。集落の山側に茂るこのような後背林は、古くから集落の住民同士が木を伐らないことを約束し、大切に守られてきたそうです。
「ブナなどの広葉樹は枝ぶりの倍の大きさに根が這うとも言われるほど、土に広く深く根差します。木の保水力も高く、また落ち葉は堆積して豊かな土壌を作ります。雪崩や土砂崩れを防ぎながら、白山の雪解け水を蓄え、集落を安全に見守り、水の潤いを与えてくれます。山菜や木の実、きのこなどの恵みを分けてくれる、ここの暮らしにはなくてはならない森なんです」と北村さんは話します。春には、コゴミやカタクリの花が顔を出すそうです。よし、また春にも来よう。

自然のままにおおらかに育ったブナ林。ドングリからたくさんの芽が出て、次第に淘汰されてごくわずかな木が立派な大木となる。

ガイドを務めてくれた北村祐子さん。「大丈夫ですか、ゆっくりでいいですよ」。

崖に迫り出すように大胆に枝を広げるブナ。ダイナミックな生命力には驚くばかり

霧が迫ってくると、先がどんどん見えなくなっていく。ツキノワグマがいる可能性もあるので、クマ対策も万全に。

倒木に茶色いきのこを発見。きのこは有毒のものか、毒はなくても不味くて食用にならないものがほとんど。美味しいきのこは貴重な山の恵み。

刻々と天気が変わり、さまざまな表情を見せる山は、まるで生き物のよう。

猫の伝説が生まれた
巨樹の森。

一里野温泉スキー場の近くにある栗の巨樹「猫ケ島(ねっかしま)の弥四郎の大栗」。

猫ケ島のヒノキ林を真っ直ぐに進む遊歩道。どこか凛とした空気が漂う。

「見せたい木があるんです」と北村さんが連れて行ってくれたのは、一里野温泉スキー場から数百メートルのところにあるヒノキ林「猫ケ島(ねっかしま)」です。猫ケ島という名は伝説からきているとも言われています。悪さをした猫たちが山の神に委ねられ、やがて「もう悪さはしません」と誓って棲みついたのがこの地だったとか。林の中に入ると、太い幹から3本の支幹が伸びる巨樹が現れました。「猫ケ島の弥四郎の大栗」です。幹周り5.1m、樹高17mと、栗の木としてはとても珍しい巨樹で、宝暦年間に蜜谷弥四郎さんという人が植樹したことから計算すると、樹齢はなんと250年を超えるそうです。訪ねたのは、葉っぱがすべて落ちた真冬。苔むして蔦が絡まる木肌は一見朽ちているかのようですが、近くで見ると幹にも枝にもハリがあり、あふれ出すエネルギーが伝わってくるかのようです。
北村さんは、この栗の木は白山の森の恵みを象徴する存在だと話します。
「栄養価が高く、保存がきく栗やクルミなどの木の実は、貴重な食糧として大切に食べられてきました。ブナやナラなどの木の実、いわゆるドングリはツキノワグマの大好物。他にもたくさんの動物が木の実の恩恵にあずかります。水も空気も土壌も食べ物も、必要なものはみんな、木が作ってくれる。ここで暮らしていると、そう実感しますね」
猫ケ島を散策しなら、クルミを拾いました。山の分け前を少しだけいただきますね。ありがとう。

森では人間はちっぽけな存在。しっかりした靴と雨具、防寒具をしっかり準備すること。クマよけの鈴も忘れずに。

苔むした切り株や地面に目を向けると、そこには美しいミクロの世界が。木の実から出た小さな芽は、やがて数十メートルもの高木になるかもしれない。

落ち葉の中からクルミを拾う。必要な分だけを、大事に美味しくいただく。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

自然は先代から受け継いだ借りもの。壊さないように次の世代に受け渡していかないと」

岩間山荘 女将:北村祐子さん

尾添地区からさらに登ったところにある中宮地区から白山を眺める。中央で白く輝くのが主峰の御前峰。

白山の東側のふもとにあたる白峰地区へ足を伸ばしてみた。途中、北陸最大のロックフィル式ダムの手取川ダムが見えた。

12月初旬、白峰地区では豪雪に備えて雪囲いが進められていた。

白峰地区を流れる手取川には、除雪した雪を川に押し流す流雪溝が設置されている。降雪までは水を流して発電が行われているという。これもまた水の恩恵。

白山の森が蓄え少しずつしみ出した水は手取川に注ぎ込み、徐々に大きな流れに。そして、穀倉地帯の手取川扇状地に潤いをもたらす。

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