滞在型のスローツーリズムで見えてくる

深い森に抱かれて
生きる知恵と伝承

富士山、立山と並び日本三大霊山の一つに数えられる白山。2100年前より神々が住まう神聖な霊峰として崇められてきました。そのふもとに位置するエリア「白山ろく」は、白山信仰の影響が色濃く残る地域。奥深い山に点在する集落は、かつて交易が不便で、農耕で得られる産物も限られていたことから、集落ごとに自給自足して暮らす知恵が発展していきました。ベースにあるのは、四季折々の山の恵みを生かした、身の丈に合った生活。現代にも根づく暮らしの知恵と伝承を体感しに行きました。

トップ深い森に抱かれて生きる知恵と伝承滞在記 Slow-2

Slow-2

山を生き抜く日々のごはん

森で採れるクルミは良質な脂質や葉酸などを大量に含んだ天然素材。
貴重な栄養源としてさまざまな料理に活用される。

「ホテル牛王印」でいただいたコゴミの胡麻和えやゼンマイのクルミ和え。しみじみ美味しかった。

クマづくし料理を堪能する。

ツキノワグマの肉をアザミと一緒にやわらかく煮込んだクマ汁。臭みは一切なく、
牛肉よりも野生味が力強く、でも繊細な味わいを楽しめる。

この日は森を案内してくれた北村さんが営む「岩間山荘」にお世話になることに。北村さんのご主人は猟師を専業としていて、森で自ら仕留めてきたツキノワグマやイノシシを料理する“マタギの宿”として知られています。温泉にのんびりつかったあとは、お待ちかねの夕飯。「白山熊づくし御膳」をいただきます。
ウドの皮のきんぴら、地元のきのこ・マスゴケの味噌漬けを味わっていると、ツキノワグマの料理がやってきました。ハツやレバーの焼き物、ハンバーグ、シチュー、クマ汁…とクマのオンパレード。どれも口にするたびに「あ、クマってこんなに美味しいお肉だったんだ」と思わず唸ります。特に印象的だったのは、クマ大根としゃぶしゃぶ。クマ大根はとろりと煮込まれた骨付き肉が絶品。しゃぶしゃぶは、草食のツキノワグマ肉ならではの上品な甘みを堪能できます。
近年は北村さんの次男も猟師として生きていくことを決めたそう。白山の猟師たちはクマに対する特別な思いがあるようだと北村さんは話します。
「クマを狙いに山に入った時は、シカやイノシシに遭っても撃たないし、きのこがたくさん出ていても採らずに帰ってきます。それはクマに対して失礼だからと。クマを見つけられなかった時はすごくがっかりしているし、逆にたくさん姿を見た時はたとえ獲れなくてもうれしそう。クマのことは獲物であるというより、山に生きる“同士”みたいな感覚があるんじゃないかな。命をいただくことへの感謝も、言葉にできないくらい大きいと思います」

しゃぶしゃぶ用にスライスされたツキノワグマ肉。厚い脂肪ときれいな赤身が特徴。

しゃぶ…しゃぶ…と沸き立つ出汁にくぐらせて、色が変わった程度でいただく。本マグロの赤身にも似た上品な印象。噛み締めるほどに強い旨味が奥からやってくる。

ツキノワグマのハツとレバーの塩焼き。キメの細かい上品な肉質で、強い旨味。

左上/クマのハンバーグ。右上/クマシチュー。左下/クマを炊いたものを自家製ポン酢で。右下/クマ大根。
すべて主人が仕留めたツキノワグマを使用。どれも美味しすぎてびっくり。

上から
・クマのハンバーグ
・クマシチュー
・クマを炊いたものを自家製ポン酢で
・クマ大根。
すべて主人が仕留めたツキノワグマを使用。どれも美味しすぎてびっくり。

リブロースを大根とこっくり煮込んだクマ大根をペロリ。思わず骨までしゃぶる美味しさ。

この日のごはんは舞茸ごはん。お腹いっぱいと思っていたけど、おにぎりにしてもらったら、結局食べちゃった。

ぐっすりと眠ったからだろう。夜明けと同時にすっきりと目覚めた。山がだんだんと見えてきた。
夕飯はあれだけいただいたのに、いい感じに空腹。上質なクマ肉のおかげかも。

小雨の中を散歩。雨に濡れる山の風景もまた味わい深い。遠くにはサルの親子の姿も見えた。人間も、動物も動き出す早朝。

散歩のあとに、さあ、朝ごはん。きのこの味噌汁に、コゴミの胡麻和え。ここにも山の恵みが満載。

ツキノワグマを見たいなら、ブナオ山観察舎でチャンスを得られるかもしれない。対岸の山に生息する野生生物を観察できる貴重な施設。

ツキノワグマの他に、ニホンカモシカやニホンザル、イノシシ、イヌワシなどの野生生物を観察でき、確認された個体数が毎日記録されている。

白山の人々が大好きなおやつ
「こびり」とは?

クルミをたっぷりと加えてさらにかき混ぜたら、いよいよできあがり。

この日の材料は、さつま芋、長芋、クルミ、栗、米粉など。エネルギーに変わりやすい糖質を補給するために、デンプンが豊富な芋や穀物を使う。

「こびり」という言葉を知っているでしょうか?
おやつを意味する方言として、石川や福井、新潟など広い範囲で使われてきたようです。白山ろくでは、山仕事や農作業の合間や共同作業の打ち合わせなどに「こびりにんすんぞー」などと声をかけて、みんなで休憩するそうです。その時に食べる代表的なおやつが「くずまわし」と呼ばれる伝統的なお菓子。「こびり=くずまわし」といっても過言ではないほど、白山ろくの人々には親しみ深いものになっているそうです。
「岩間山荘」の北村さんに、こびり作りを教えてもらいました。レシピはシンプルです。さつま芋を茹でて、米粉と砂糖を加えてよく練ります。クルミや栗などの木の実を加えたら完成。まだ温かいできたてをいただきます……お砂糖に引き出された芋本来の甘味がやさしく身体に沁みます。なんとも言えない素朴な美味しさ。重労働をもうひとがんばりするために、エネルギーに変わりやすい炭水化物を効率的に補給する知恵だと言われています。そして、食糧を活用するための工夫だったとも北村さんは話します。
「この辺は米作りには日照が少なく、実りきらずにくず米になってしまうことも多かったようです。炊いてもまずい米も、米粉にしてこびりに混ぜ込めば美味しくいただける。食べ物を無駄にしないための知恵だったのでしょうね」

煮詰まって固まってくると、かき混ぜるのも一苦労。芋のくずし具合とやわらかさは家庭によって好みが分かれるという。

完成したこびりをいただく。ねっとりとした食感とやさしい甘さがたまらない。

年に一度、夢のごちそう、
報恩講料理。

「まんが日本昔ばなし」のように、こんもりと盛り付けられたごはん。
白山ろくの報恩講料理では、このような大盛にするのが伝統だという。

白山ろくは、古くから浄土真宗の信仰が厚い地域です。一年で最も大切にされている仏事が報恩講(ほうおんこう)。これは、宗祖である親鸞聖人の命日である11月28日に、師の恩に報い感謝する法要のこと。キリスト教でのクリスマスにあたるような年中行事です。報恩講では、寺や家庭に門徒の代表者が集まってお勤めをし、最後にみんなで伝統的な食事、報恩講料理をいただきます。白山ろくでは“ほんこさん料理”として親しまれている精進料理で、食糧が思うように手に入らなかった時代にも、この時だけは豪勢に振る舞うのが決まり。誰もが楽しみにしている年に一度のごちそうだったと言います。
白山ろくのいくつかの宿では、その報恩講料理がいただけます。そのうちの一軒、「ホテル牛王印」にこの地の典型的な“ほんこさん料理”をお願いしました。一汁三菜の御膳には、ごはんもこれでもかとこんもり。さらに取り鉢にはいくつもの副菜があります。美味しそう!どれも素材本来の力強い味がまっすぐに伝わってくる料理で、なんだかほっとします。
でも、とても食べきれない量です。どうしよう……。女将の林恵子さんは「どうぞ食べられる分だけ召し上がってください」と笑います。
「ほんこさんには食べ物への感謝の気持ちが凝縮されています。農業も山仕事も、年間を通じてほんこさんを中心に回ってきたと言ってもいいくらい。春にゼンマイが採れたら一番いいところをほんこさんのために塩漬けにして保存します。普段は米にかさ増しのための穀物や芋を混ぜて食べていても、この日だけは白いごはんをいただけます。報恩講には重箱を持って参加して、自分は料理にちょっとだけ手を付けて、あとはお重に詰めて持ち帰り、家族みんなで食べるのがならわしなんです。家で子どもたちが楽しみに待っているんですよ」
そんな話を聞くと、美味しさもひとしお。残った分は、翌朝にもまたいただきました。

「ホテル牛王印」の報恩講料理。輪島塗の御膳は、ふたを開けてびっくり。たっぷりのごはんと一汁三菜、さらに山菜や香の物の取り鉢も「本当の行事では、じつはもっとたっぷり盛るんですけどね」と女将さんは笑う。

きのこや堅豆腐、秋にとれた根菜がふんだんに入った汁は「ほんこさん汁」。これだけでもなかなかのボリューム。堅豆腐とは、一般的な木綿豆腐よりもかたくしぼった白山ろくの伝統的な豆腐。おひらにのった堅豆腐をめくると、里芋やこんにゃくなどのお煮しめが。こちらも美味。

取り鉢にはコゴミの胡麻和え。ワラビの酢の物など。椎茸やにんじん、こんにゃく、スス竹などの煮物の上にはどんと圧巻の堅豆腐。クルミのあま煮、大根なます。あ、こびりもある!(この場合は、“くずまわし”が正解かも)

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