滞在型のスローツーリズムで見えてくる
深い森に抱かれて
生きる知恵と伝承
富士山、立山と並び日本三大霊山の一つに数えられる白山。2100年前より神々が住まう神聖な霊峰として崇められてきました。そのふもとに位置するエリア「白山ろく」は、白山信仰の影響が色濃く残る地域。奥深い山に点在する集落は、かつて交易が不便で、農耕で得られる産物も限られていたことから、集落ごとに自給自足して暮らす知恵が発展していきました。ベースにあるのは、四季折々の山の恵みを生かした、身の丈に合った生活。現代にも根づく暮らしの知恵と伝承を体感しに行きました。
Slow-4
祈りのチカラ
集落の心の拠り所、
道場を守る。
白山ろくには、各地に浄土真宗の「道場」があります。道場とは、寺とは別に地域の人々が集まって仏事を勤める施設で、みんなでお金を出し合って運営されています。報恩講をはじめとする仏事が行われる他、公民館的な役割も担っています。「ホテル牛王印」のオーナーで、料理人である林與枝男(よしお)さんは、代々道場主を務める家系で、道場では念仏を唱える僧侶としての一面も持っています。林さんの道場を見せていただきました。
玄関を上がると正面にみんなが集まれる大広間があり、その奥には仏像などが安置されている大きな須弥壇(しゅみだん)があります。オレンジの灯りが点されていて荘厳な雰囲気です。
「道場にはこのように大広間に須弥壇があって、大勢が集まった時に便利なように、その周りに台所やお手洗いが配置されています。ここは私の実家でもあるんですが、子どもの頃から家が道場なのが嫌でね。坊さんになんか、なるもんかって思ってました」と林さんは話します。
家を出て料理人として働いていた林さんでしたが、道場主だったお父さんが須弥壇に飾る植物を山奥に採りに行き大怪我をしたのを機に、住民から切望されて道場を引き継ぐことを決めました。この日、須弥壇に飾ったクラシバ(和名ソヨゴ)の枝は、林さんが3時間かけて山奥から採取してきたものだそうです。
「神聖な場所ですからね、飾るものはちゃんとしたものでないと」と微笑む林さん。林道場は住民の心の拠り所として、変わらぬ姿を保ち続けています。
白山から密かに下ろされた
仏像「下山仏」。
白山ろくの人々が、いかに仏教への帰依を大切にしてきたかは、「下山仏」の存在にも現れています。古来、白山には神と仏を融合させた神仏習合の信仰が大切にされ、山頂近くには多くの仏像が安置されていました。明治維新を機に政府によって神仏分離が布告され、仏教を排斥する廃仏毀釈が進められると、それまで人々が大事にしてきた仏像も破壊の危機に陥りました。その際、何者かの手によって密かに仏像が山から下ろされ、白峰地区の「林西寺」と「尾添白山社」にこっそりと安置されました。それが「白山下山仏」です。「尾添白山社」には、加賀禅定道の「檜新宮(ひのしんぐう)」にあった仏像12点と半鐘1点が保管され、そのうち仏像9点と半鐘が県指定文化財となっています。
正月三が日と白山まつりの時だけご開帳されるものですが、林さんが特別に見せてくれました。 「仏像を運んだ人は命懸けやったと思います。祈りたいという気持ちはとても自然なことで、誰にも止められない。白山を敬い、山と共に生きるという思いと一緒。純粋な気持ちですよね」と言う林さんの言葉が心に残りました。物語を紡ぐ人~スロツーびと~
ホテル牛王印・店主/林道場・道場主:林與枝男(よしお)さん