滞在型のスローツーリズムで見えてくる

深い森に抱かれて
生きる知恵と伝承

富士山、立山と並び日本三大霊山の一つに数えられる白山。2100年前より神々が住まう神聖な霊峰として崇められてきました。そのふもとに位置するエリア「白山ろく」は、白山信仰の影響が色濃く残る地域。奥深い山に点在する集落は、かつて交易が不便で、農耕で得られる産物も限られていたことから、集落ごとに自給自足して暮らす知恵が発展していきました。ベースにあるのは、四季折々の山の恵みを生かした、身の丈に合った生活。現代にも根づく暮らしの知恵と伝承を体感しに行きました。

トップ深い森に抱かれて生きる知恵と伝承滞在記 Slow-4

Slow-4

祈りのチカラ

「尾添白山社」に安置されている下山仏の1体「銅造地蔵菩薩立像」。
1700年頃に作られたと考えられている。

道場で、みんなで読む法語は御文(おふみ)さんとして親しまれている。

集落の心の拠り所、
道場を守る。

林道場で大切にされている「牛王宝印(ごおほういん)」。
白山に登る修験者の安全を祈願するお守りとして使われていたという。
木製で、古いものは室町時代に作製されたと考えられている。

白山ろくには、各地に浄土真宗の「道場」があります。道場とは、寺とは別に地域の人々が集まって仏事を勤める施設で、みんなでお金を出し合って運営されています。報恩講をはじめとする仏事が行われる他、公民館的な役割も担っています。「ホテル牛王印」のオーナーで、料理人である林與枝男(よしお)さんは、代々道場主を務める家系で、道場では念仏を唱える僧侶としての一面も持っています。林さんの道場を見せていただきました。
玄関を上がると正面にみんなが集まれる大広間があり、その奥には仏像などが安置されている大きな須弥壇(しゅみだん)があります。オレンジの灯りが点されていて荘厳な雰囲気です。
「道場にはこのように大広間に須弥壇があって、大勢が集まった時に便利なように、その周りに台所やお手洗いが配置されています。ここは私の実家でもあるんですが、子どもの頃から家が道場なのが嫌でね。坊さんになんか、なるもんかって思ってました」と林さんは話します。
家を出て料理人として働いていた林さんでしたが、道場主だったお父さんが須弥壇に飾る植物を山奥に採りに行き大怪我をしたのを機に、住民から切望されて道場を引き継ぐことを決めました。この日、須弥壇に飾ったクラシバ(和名ソヨゴ)の枝は、林さんが3時間かけて山奥から採取してきたものだそうです。
「神聖な場所ですからね、飾るものはちゃんとしたものでないと」と微笑む林さん。林道場は住民の心の拠り所として、変わらぬ姿を保ち続けています。

外観は一見普通の民家のような林さんの道場だが、中にはお寺のような立派な須弥壇がある。

林道場の道場主、林與枝男(よしお)さん。普段は「ホテル牛王印」で料理を担当している。

かつて人口が多かった時代には100戸以上あった尾添地区。現在は約40戸が兼業農家や街に通勤する会社員として生計を立て、ここで暮らしている。

尾添地区の住民にとってかけがえのない信仰の場となってきた林さんの道場。

林さんが大切にしている牛王宝印の一つ。真ん中の山が白山、下のくぼみが尾添あたりのふもとを表している。高野山から派遣された宝代坊という修行僧が
林さんの道場に借り住まいし、白山登山の無事などを祈願してこれらの牛王宝印で守り札を発行したと考えられている。

白山から密かに下ろされた
仏像「下山仏」。

「尾添白山社」に安置されている「銅造観音菩薩坐像」、通称“安正観音”。
作られたのは1636年。元々は白山の山頂近くの「檜新宮(ひのしんぐう)」に安置されていたものが、
1870年頃に密かに下ろされ、隠されてきた。

下山仏にはこのような木造の小さな仏像も。古来、地域の人々の祈りが捧げられてきた。

白山ろくの人々が、いかに仏教への帰依を大切にしてきたかは、「下山仏」の存在にも現れています。古来、白山には神と仏を融合させた神仏習合の信仰が大切にされ、山頂近くには多くの仏像が安置されていました。明治維新を機に政府によって神仏分離が布告され、仏教を排斥する廃仏毀釈が進められると、それまで人々が大事にしてきた仏像も破壊の危機に陥りました。その際、何者かの手によって密かに仏像が山から下ろされ、白峰地区の「林西寺」と「尾添白山社」にこっそりと安置されました。それが「白山下山仏」です。「尾添白山社」には、加賀禅定道の「檜新宮(ひのしんぐう)」にあった仏像12点と半鐘1点が保管され、そのうち仏像9点と半鐘が県指定文化財となっています。
正月三が日と白山まつりの時だけご開帳されるものですが、林さんが特別に見せてくれました。
「仏像を運んだ人は命懸けやったと思います。祈りたいという気持ちはとても自然なことで、誰にも止められない。白山を敬い、山と共に生きるという思いと一緒。純粋な気持ちですよね」と言う林さんの言葉が心に残りました。

国道が開通する前に利用されていた旧道。雪が積もる冬期はクルマの通行はできなくなり、林さんも若い頃には市街から徒歩で半日かけて帰ってきたという。

ひっそりと建つ「尾添白山社」。ここに下山仏がこっそりと、大切に保管されてきた。

下山仏に数えられる「銅板打出金剛童子像」(左)と「銅板打出不動明王像」(右)。ともに1700年頃に作られたもの。

下山仏が安置されている「尾添白山社」の境内には“大乗寺御佛供水”の石碑が。
大乗寺御佛供水は「檜新宮」の井戸水を指し、傷みが激しいことから50年ほど前にこの地に下ろされてきたと推測されている。

神が住まう白山。いつも山に見守ってもらっているような雰囲気を、白山ろくでは感じる。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

坊さんは絶対嫌や思うとったけど、今こうして料理人と二足のわらじを履けて、幸せですね、ほんとに」

ホテル牛王印・店主/林道場・道場主:林與枝男(よしお)さん

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