滞在型のスローツーリズムで見えてくる

能登の里山里海に隠れた
宝もの

日本海に突き出た能登半島の北半分にあたる奥能登。起伏に富む大地の多くは原生林に覆われ、荒波が寄せる外浦といつも穏やかな内浦という対照的なふたつの海に面することから、実に多彩な表情を持っています。輪島塗、いしる、キリコ祭り……。類まれな風土は、食に、住まいに、風習に、特異な個性をもたらし、今なお受け継がれています。

トップ能登の里山里海に隠れた宝物滞在記 Slow-1

Slow-1

山あいの集落で過ごす

のと里山空港から『春蘭の里』まではクルマで15分ほど。車窓から見える素朴な風景が目にやさしい。

農家民宿『春蘭の里』で、多田喜一郎さんが営む『春蘭の宿』。伝統的な能登の農家でゆったりと過ごすことができる

喧騒を離れてひっそりと佇む集落
春蘭の里』で、安らぎのひとときを。

能登半島のちょうど真ん中あたり。緑深い山あいに築100年を超える昔ながらの農家が点在する地域があります。1990年代、「能登の里山に息づく生活の知恵、自然と共生する暮らしを未来に残したい。次世代に伝えたい」と数軒が力を合わせて農家民宿を始め、1日1組限定という決まりで心づくしのおもてなしを大切にしてきました。今では自宅を開放する農家民宿が40軒以上。いつしか『春蘭の里』と呼ばれるようになりました。
おじゃましたのは、『春蘭の里』の活動をリードしてきた多田喜一郎さんのお宅。「自由にくつろいでください」と通された部屋の豪壮な造りに、思わず目を見張ります。

囲炉裏のある居間の天井は高い吹き抜けに。地元の森で育ったアテ(能登ヒバ)や赤松の立派な部材を使った梁や柱が印象的なダイナミックな空間。

囲炉裏でじっくりとヤマメを焼いてくれる多田喜一郎さん。炭がはぜる音が小さく響き、静かに時間が流れる

伝統的な農家の本当の姿を
体感してもらうために。

新鮮な野菜の天ぷらや煮物のほか、塩蔵しておいたきのこを塩出しして炒めたもの、なます、
炊き込みごはんなどがずらり。囲炉裏端のシチュエーションも美味しさの秘密。

能登の中でも山深く交通が不便だったこのあたりは、みんなが農業を営みながら助け合って生きてきました。しかし、そんな伝統的な暮らしも高度経済成長の中で燃料が薪から電気や灯油に大きく変わったのを潮目に廃れるようになってしまいました。多田さんが『春蘭の里』づくりに取り組むようになったのは、昔ながらの農家の姿をなんとか維持したいという思いからだったと言います。
「古く大きな自宅や自然と調和した共同体の仕組みを守っていくためにどうすればいいか。ここでの当たり前の暮らしが観光資源になるかもしれない。よその人との交流によって活気が生まれるかもしれない。よし、農家の本当の姿を見せていこう、と」
有志たちで決めたルールは、1日1組限定、初日の夕食はお膳で提供する、化学調味料とお砂糖は使わない、肉と海の魚は出さないなど。昔ながらの農家の雰囲気を体感できるのには、そんな訳があったのです。

多田さんが営む『春蘭の宿』には、岩風呂に加えて五右衛門風呂も。
日頃の疲れが癒やされる。

婚礼やお祭りなどハレの日にお酒を酌み交わす輪島塗の盃。伝統的な漆器が今も大切に使われている

全国、そして世界から旅人を惹きつける、この里山だけの価値。

『春蘭の里』は1泊1万円以上と、民宿にしてはやや高めの料金設定。しかし実際に泊まってみると、それだけの価値があると誰もが納得することでしょう。1日1客で気兼ねなくゆったり使える囲炉裏完備の和室。宿によってはお風呂や庭などにこだわりを持ったところもあります。一流和食店でも味わえない、土地に根ざした素朴かつ本物志向の郷土料理をいただけるのも魅力です。また、家主と一緒に山に分け入って山菜採りやきのこ狩りをしたり、田植えや稲刈り、薪割りなどの体験も可能です。旅慣れた日本人旅行者に好評を得ているだけでなく、食や宿に一家言あるイタリア人やフランス人、イスラエル人などの外国人旅行者、ヴィーガンの方にも愛されているそうです。

とっぷりと日が暮れると、やわらかな家の灯りが集落のそこここに

ぐっすりと眠った翌朝、散歩から帰ると、朝ごはんの用意が整っていた。ツヤツヤの白いごはんときのこ汁、愛情たっぷりのお漬物……最高の贅沢

多田さんちの番犬・レオン君。寂しがり屋なのに、噛み癖があるらしいので、ちょっと離れてご挨拶

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