滞在型のスローツーリズムで見えてくる

能登の里山里海に隠れた
宝もの

日本海に突き出た能登半島の北半分にあたる奥能登。起伏に富む大地の多くは原生林に覆われ、荒波が寄せる外浦といつも穏やかな内浦という対照的なふたつの海に面することから、実に多彩な表情を持っています。輪島塗、いしる、キリコ祭り……。類まれな風土は、食に、住まいに、風習に、特異な個性をもたらし、今なお受け継がれています。

トップ能登の里山里海に隠れた宝物滞在記 Slow-6

Slow-6

静かに受け継がれる
手仕事

『能登仁行和紙』の工房では、3代目の遠見和幸さんが静かに紙漉きに取り組んでいた。

輪島市を流れる仁行川の畔に『能登仁行和紙』の工房はある

野の草花を集めて、そのまま和紙に漉く野集紙(やしゅうし)作りに集中する遠見さん。「草花の配置は水の動きが生む偶然に任せています。自分の手が加わると、どうも不自然になってしまって」と笑う

『赤木明登うるし工房』は携帯電話の電波も届かない森の中。喧騒とは無縁の環境で、職人たちが漆器に向き合っている

雑誌編集者から漆器の世界に飛び込んだ塗師(ぬし)の赤木明登さん。「30歳近い所帯持ちの男に弟子入り志願された親方は困ったと思いますよ。
横でうちの子が『おねがいします』って一緒にお辞儀してくれたのが決め手になったんじゃないかな」

自然光が降り注ぐ窓際で、均等になっているか、ゴミがついていないかを入念に確認しながら作業を進める。

身のまわりの自然をそのままに、紙に漉く

輪島市三井(みい)地区にある『能登仁行和紙』は、3代にわたって昔ながらの和紙づくりを行う工房。初代の遠見周作さんは、クワの仲間であるコウゾを材料に紙漉きを始め、輪島塗を包む紙を提供するようになりました。その後、杉の皮を使った素朴な風合いの杉皮紙を生み出し、稲わらや海藻など自然のさまざまなものを紙に漉いていきました。嫁いできた京美さんは、周作さんの試みを野の草花を集めて紙に漉く野集紙に発展させます。そして現在、息子の和幸さんが先達の技術と思いを受け継いでいます。
「いろんなものを紙にしていますね。鉱物、たとえば能登でよく採れる珪藻土はおもしろい素材です。輪島の珪藻土は薄茶に、珠洲の珪藻土はグレーになるんです」と、穏やかに話し、和幸さんは淡々と作業を進めます。静寂の中に紙漉きの水音が小さくはじけていました。

すいた紙を一枚一枚鉄板に貼り付け、内側で薪を燃やした熱で乾燥させる。乾かしているのはレストランでゲスト一人ひとりに配るメニュー用。
手紙に、壁紙に、観賞用に、つくり出される和紙の用途は多岐にわたる

「野集紙をすいてみましょうか」と工房のまわりで草花を摘む和幸さん。ミズヒキやコスモスなどを集めた

漉き舟の上に摘んできたばかりの草花を散らす。まさに、野を集めて紙にする

草花を紙に漉く野集紙の例。額装して部屋に飾る人も多い

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

自然のいろんな素材を集めて、紙にして」

能登仁行和紙 3代目:遠⾒和幸さん

漆の可能性をそのままに
器へ移し替える。

沖縄や中国などからやってきた5名の職人が、それぞれの担当作業に黙々と取り組んでいた。

漆器では一般的にはいかにツヤを出すかが評価されるなか、赤木さんはできるだけ漆にストレスをかけず、漆が本来持っているツヤを移し替えることに配慮しているという。

木地に漆を塗る職人、塗師(ぬし)。赤木明登さんは毎月のように国内外で個展が開かれる、最も注目される塗師のひとりです。約30年前、東京での会社員生活を捨てて輪島塗工房に弟子入りし、家族3人で移住しました。輪島市三井地区の美しさに惚れ込んだ赤木さんは、修行を経て、森の中に工房を構えます。追求したのは、豪華絢爛な輪島塗のイメージとは一線を画す、普段使いの漆器です。
「食卓の上で料理が作品であるならば、私の器はその背景として無理なく使ってもらえるものでありたい。漆という樹液は本来、その美しさも、機能性も完璧なもの。私は自分の気配を消して、漆の完璧さをそのまま器に移す。そんな仕事をしていきたい。そう思っています」
間もなく紅葉が始まる森の中に、美しいモノトーンの世界がありました。

ある有名レストランで使われる漆器のセット。何気ない穏やかな印象ながら、
よく見ると、フォルムや造作に手が込んでいることがわかる。

赤木さん一家は、輪島の森の中で、家も、仕事も、食べる物も、一から少しずつ作り上げてきた

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

漆が本来もっているものを
できるだけ取りこぼさず、
余計なものは付け加えずに、
器に移したくて」

塗師:⾚⽊明登さん

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