滞在型のスローツーリズムで見えてくる

能登の里山里海に隠れた
宝もの

日本海に突き出た能登半島の北半分にあたる奥能登。起伏に富む大地の多くは原生林に覆われ、荒波が寄せる外浦といつも穏やかな内浦という対照的なふたつの海に面することから、実に多彩な表情を持っています。輪島塗、いしる、キリコ祭り……。類まれな風土は、食に、住まいに、風習に、特異な個性をもたらし、今なお受け継がれています。

トップ能登の里山里海に隠れた宝物滞在記 Slow-9

Slow-9

神様への感謝

田んぼにクワを入れ、田の神様をお迎えする。

ごちそうが用意された「あえのこと」の神座

収穫に感謝して、田の神様をおもてなし。

「あえのこと」という不思議な響きの言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
「あえ」は「もてなし」、「こと」は「祭り」を意味するといわれ、奥能登地域の農家に古くから伝わる農耕儀礼のことを指します。稲作を守る“田の神様”を祀り、感謝を捧げるもので、神様を迎え入れる12月5日と、神様を送り出す2月9日の年2回、あたかも神様がそこにいるかのように行われます。2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
「あえのこと」は謎に満ちた儀式です。本来は各農家の家主がたった一人で行うため、家族でさえも詳しい内容を知らないことが多いといいます。また、それぞれの家に独自のしきたりがあり、おもてなしの料理などにはさまざまな違いがあるようです。
80歳になる政頼新次郎さんは10年ほど前に先代から「あえのこと」を引き継ぎました。今回、政頼さんのご好意により見学させていただくことに。
準備は万端。朱塗の御膳にはお頭付きの魚などごちそうが並んでいます。「私らが子どもの頃には油揚げでも大変なごちそうでしてね。あえのことの日は神様と同じ料理が食べられるから、それはそれは楽しみにしておったね」

神様夫妻が座についたら、お酒を注いでおもてなしをする

まずは、正装に着替えて、先祖にご挨拶。

木のクワ、田んぼに立てる榊などを用意。

クワの他に、清酒、塩などを持って
田んぼへお迎えに行く。

挨拶をし、田んぼにクワを入れて、神様をお呼びする。

神様に扇子の上に乗ってもらい、家へ。

足元の注意を呼びかけながら家まで行く。

神様は、やっぱりいるかもしれない。

「田の神様、どうぞこちらへ。火におあたりください。段差がありますのでお気をつけて」。
田の神様は夫妻で行動し、ふたりとも目が不自由だそうです。政頼さんは常に神様にこまやかに声をかけながら、おうちに招き入れます。火鉢にあたって休んでいただいている間にお風呂の湯加減をチェック。お風呂が沸いたら、神様を浴室へ案内し、お風呂の使い方を説明します。およそ20分後、神様はお風呂から上がりました。今度は居間へ案内して、政頼さんが手作りした籾俵の神座へ。「どうぞ、さ、こちらへお座りください」。静寂の中に政頼さんの声だけが心地よく響きます。
神様はこの日から翌年2月9日まで政頼さんのお宅で過ごすそうです。この日の儀式をやり遂げた政頼さんは、どこかほっとした様子。そんな政頼さんに、どうしても聞かずにはいられませんでした。「あの……神様はいると思いますか?」。
「いると思いますよ」とすぐに笑顔で答える政頼さん。実りをもたらしてくれる自然への畏怖を忘れない、謙虚な暮らしがありました。

籾俵と二股大根が2組。ここに田の神様夫妻が休んでいる

火鉢のそばでしばし休んでもらう。

お風呂へご案内。

食事のスタート。献立をすべて説明し、お酒を注ぐ。

感謝の気持ちを伝えて、ゆっくり過ごしてもらうようにご挨拶。

準備も含めるとかなりの大仕事。やり切った様子の政頼さん

左/大きな箸は栗の木を削って手作りしたもの。甘酒と小豆ご飯は定番。赤飯は「蒸し=虫」と農業の天敵を連想させるため避けるとか。北陸のハレの日に欠かせないブリの他、子孫繁栄を象徴する腹合わせのイワシ、「芽が張る」と縁起が良いハチメ(メバル)が並ぶ。「焼く」は干ばつをイメージさせるので、焼き魚ではなく生が好まれるとか。他に昆布巻きなど縁起物の料理を見繕って献立を作る。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

兼業農家:政頼新次郎さん

「段差がありますので、気をつけてお上がりください」

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