滞在型のスローツーリズムで見えてくる
能登の里山里海に隠れた
宝もの
日本海に突き出た能登半島の北半分にあたる奥能登。起伏に富む大地の多くは原生林に覆われ、荒波が寄せる外浦といつも穏やかな内浦という対照的なふたつの海に面することから、実に多彩な表情を持っています。輪島塗、いしる、キリコ祭り……。類まれな風土は、食に、住まいに、風習に、特異な個性をもたらし、今なお受け継がれています。
Slow-8
奥能登を味わう
フレンチ
きのこ狩りは
奥能登の⾵物詩。
関東や近畿からも足繁く通う人が多い、輪島の人気フランス料理店『ラトリエ・ドゥ・ノト』。なんといってもその魅力は、シェフが自分の足と舌で探した奥能登のさまざまな食材を、思いもよらない発想の料理でいただけることです。とある池端さんの休日、食材探しに行く彼にお供させてもらいました。
まずは知り合いの山できのこ探し。きのこはゲストの期待も大きい重要な食材ですが、今年は稀に見る不作。池端さんも気合が入ります。探しても探しても見つかるのは毒きのこや不味いきのこばかり。しかし奇跡的に、奥能登では松茸と並んで珍重される貴重なきのこ、コノミタケを発見。この日、唯一の、でもうれしい収穫となりました。
料理人が食材のためにできること。
「うちの牛を見に行きましょう」と池端さん。うちの牛とは、近くの牧場で池端さんが育てているジャージー牛のこと。乳牛としては、巨大な身体でたくさんの乳を出すホルスタインが有名ですが、ジャージー牛は出す乳はわずかながらその美味しさが評価され、付加価値の高い乳牛として飼育されています。
牧場では広大な敷地にたった6頭の牛が放牧されています。一般的には乳牛には成長を早め、よく乳を出すようにと穀物飼料が与えられていますが、ここでは基本的に牧草のみで育てています。元々同様の牧畜を行なっていた経営者がいたものの、既存の牛乳の生産・流通システムではコストに見合うだけの額で買い取ってもらえず、継続を断念。池端さんは、レストランでの自家消費を組み合わせて、牧場の再生にチャレンジしているのです。
「牧草だけで育ったジャージー牛の乳はホントうまいんですよ。それがちゃんと世に出回らなきゃあかんでしょ」。
地元に美味しい食材があることの幸せ。
池端さんはなぜここまで食材に情熱を傾けるのでしょう? 「奥能登には美味しい食材があるから」と池端さんは即答します。フランス各地や大阪での経験も豊富な彼ですが、美味しい食材を使える環境として、こんなに理想的な場所はないと胸を張ります。
「奥能登は魚介にしても日本海の暖流と寒流がぶつかる場所の最高のものが揚がるし、能登豚やジビエもうまい。野菜や米、果物の質もいいし、山には美味しいきのこや山菜、木の実がいっぱいある。重要なのはそれらが、めちゃくちゃ美味しいということ。食材そのものが美味しかったら、料理人はそこに過不足ない調理を施せばいい。なるべく自然な形で生まれた食材の方がいいし、地元産の方が新鮮で流通の負荷もないですよね。近くにすぐれた食材があるのは、料理人にとって最高の幸せなんですよ」。
能登食材を、本来の美味しさをそのままに表現する。
翌日、池端さんはシェフに、私たちはゲストになって、『ラトリエ・ドゥ・ノト』で再会しました。池端さんは前日とは打って変わって無言で調理に集中していたけれど、その分、彼の料理たちは雄弁でした。モクズガニのスープに始まり、自家製の海藻バターと共にしめサバを巻いていただくクレープ、旬のアオリイカと地元の棚田集落の米を使ったイカスミのリゾット……。奥能登の食材が次々と登場します。どれも、てらいのない真っ直ぐな美味しさ。
圧力鍋でやわらかく仕上げたビーフは、牧草のみで育った、一般的にはそれほど評価が高くない牛だといいます。ジャージー牛の乳はヨーグルトシャーベットになり、シャインマスカットのコンポートとタッグを組みました。コクがありながらスッキリとした味わいは、牧場の良好な生育環境の賜物です。
そうか、店名の“ラトリエ・ドゥ・ノト”は能登食材を使って料理という作品を表現するアトリエのこと。忘れられない食の思い出ができました。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
ラトリエ・ドゥ・ノト シェフ:池端隼也さん