滞在型のスローツーリズムで見えてくる

能登の里山里海に隠れた
宝もの

日本海に突き出た能登半島の北半分にあたる奥能登。起伏に富む大地の多くは原生林に覆われ、荒波が寄せる外浦といつも穏やかな内浦という対照的なふたつの海に面することから、実に多彩な表情を持っています。輪島塗、いしる、キリコ祭り……。類まれな風土は、食に、住まいに、風習に、特異な個性をもたらし、今なお受け継がれています。

トップ能登の里山里海に隠れた宝物滞在記 Slow-7

Slow-7

幸せの焼きおにぎり

地元産コシヒカリのおにぎりを、炭火で焼きおにぎりに。遠火でじっくりゆっくり。

輪島市三井地区のくれなずむ空。街灯はなく、虫の声だけが響く

『里山まるごとホテル』の食事処である『茅葺庵』。そろそろ夕飯の時間

⾥⼭をまるごと感じるユニークなホテル。

輪島市三井地区に、一軒のユニークなホテル、『里山まるごとホテル』があります……いいえ、一軒とは言えないところがユニークなのです。このホテルは、築170年の大きな農家を移築した『茅葺庵』を中心に、古民家を現代的にリノベーションしたコンドミニアム『中右衛門(なかよも)』、農家民宿『弥次』など複数の施設、周辺の田畑などで構成されています。里山の暮らしをまるごと体感してもらう、だから“里山まるごとホテル”なのです。立ち上げたのは、移住者の山本亮さん。大学のゼミのフィールドワークで三井を訪れたのをきっかけに、里山暮らしの魅力にとりつかれたと話します。
「地元の人はみんな『こんな何もないところでぇ』と言うけれど、興味を持って聴くと、この土地にしかない文化や自然のことについてうれしそうに話してくれるんです。それがとても刺激的で。10年以上経った今でも」。

開放感いっぱいの『茅葺庵』の大広間。広がる田園風景が忙しい日常を忘れさせてくれる

ぶらり里山散歩。
畑の実りの収穫体験。

端さんの畑でお裾分けをいただく。「枝豆も好きなだけ持っていきな」。

『里山まるごとホテル』で楽しみなのが、ガイドによる里山散歩のサービス。「今年は不思議なことに、どこもかしこもセイタカアワダチソウだらけ。きのこが出ないという話で持ちきりです」。そんな山本さんの話を聴きながらぶらりと散歩します。端さんちの畑へ収穫させてもらいに行くと、おばあちゃんが小豆の殻むきの手をとめて「ナス、食べるかね」と案内してくれました。栗の木とイチジクの木に囲まれた畑には、自家用の野菜が少量多品種で栽培されています。収穫の仕方を教わりながら、インゲン、カブ、白ナス、金時草……晩ごはんの材料が揃いました。

山本さんにとって、端さんは里山暮らしの先生のひとり。「これ結構うまいんだぞ」「え、何ですか?」。今でも発見の毎日。

採れたて野菜の愛情料理、めくるめく。

晩ごはんは、『茅葺庵』の囲炉裏の部屋でいただきます。腕を奮うのは、地元で生まれ育った谷内さん、通称“やちばあ”です。献立は、その日に手に入った野菜を見て決めますが、アテ(能登ヒバ)の木の香りを移した木端(こっぱ)味噌をはじめ、青唐辛子を使ったピリ辛の青なんば味噌、いしるなど奥能登で親しまれている調味料を使った伝統的な料理が基本。香りいっぱいの枝豆はビールの最高のおつまみ。カブは揚げ出しに、インゲンとナス、白イチジクは天ぷらになりました。ジャガイモの天ぷらは何とも豊かな風味。いしるで一度炊いてから揚げているそうで、やちばあの細やかな気配りと愛情がどの料理からも伝わってきます。
「あんときは大変だったけど、ほんま楽しかったがです」と、やちばあは『茅葺庵』で開催された山本さんの結婚式で大量のおにぎりを握った思い出を話します。「今では見られんくなったこの辺の伝統的な結婚式を亮くんは挙げてくれてね、近所の人もみーんな見に来たんですよ」。
熱々の焼きおにぎりをいただいて、里山の夜は更けていきました。

ゲストだけで食事を楽しみたいならちょっと距離を置き、求められれば地元のことについて何でも話してくれるやちばあと山本さん。
ゲストとスタッフのほどよい関係を大切にしている

天ぷらにはヨモギや加賀レンコンも。米粉を使っていてサックリ美味しい。

白ナスは味噌を塗って炭火で焼く伝統料理の船焼きに。柔らかく瑞々しいナスを一口……旨味たっぷりで、まるで食べるナスの味噌汁。

焼きおにぎりの美味しさに思わずうっとり。料理もお酒もたっぷりいただきお腹いっぱいなのに。

自然体で過ごす古民家リゾートステイ

宿泊はクルマで5分ほど送ってもらって一棟貸しタイプの『中右衛門』へ。農業と林業を営む旧家でありながら長く空き家になっていた中右衛門は、ホテルとして生まれ変わりました。古民家の風情はそのままに、現代的なダイニングルームとベッドルーム、機能的な水回りが整っており、いわば“古民家リゾート”といった雰囲気です。民家の少ないこの新保地区は、日が沈むとどこも真っ暗。庭からは満天の星を楽しめました。
翌朝、燦々と降り注ぐ太陽に誘われて散歩へ。朝食はこの中右衛門でいただきます。かまど炊きのごはんに、お湯を注ぐだけの特製味噌汁など、マニュアルに従って朝食キットをセットすれば、簡単に美味しい朝ごはんの出来上がり。食後は縁側でコーヒーをゆっくり楽しみ、里山の住民になった気分です。

地区でも日当たりのよい高台の一等地に建つ『中右衛門』。ここが奥能登での“わが家”になる。

広々とシンプル、機能的な建物は、ベッドルームとダイニングルームはフリーリング敷きになっている

ベッドルームの吹抜天井からやさしく射し込む朝日でスッキリ起床。散歩に、住民の気分も味わえる朝ごはん作り。チェックアウトまでの時間もどこかゆったり流れる気がする

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

ここでは“暮らしている”という実感がある」

株式会社百笑の暮らし 代表取締役:山本 亮さん

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