滞在型のスローツーリズムで見えてくる
能登の里山里海に隠れた
宝もの
日本海に突き出た能登半島の北半分にあたる奥能登。起伏に富む大地の多くは原生林に覆われ、荒波が寄せる外浦といつも穏やかな内浦という対照的なふたつの海に面することから、実に多彩な表情を持っています。輪島塗、いしる、キリコ祭り……。類まれな風土は、食に、住まいに、風習に、特異な個性をもたらし、今なお受け継がれています。
Slow-5
奥深き里海の恵み
地元のみんなが大好きな本格派パン。
奥能登でおすすめの店を聞くと、よく“ラポパン”という名前が挙がりました。輪島市マリンタウンの『ラポール・デュ・パン』です。今日はここのパンを買って、海を眺めながらのブランチにします。
高校で野球にばかり熱中していた店主の鹿島芳郎さんは、テレビ番組を観て「これならできそう」とパン職人の道を選んだといいます。大阪の専門学校に入り、人気店のフランス系のパンを初めて口にしたとき、大きな衝撃を受けます。「こんなパンの世界があったのか!と。フランスの人にとっては何気ない美味しさが、日本人にとってはある意味、違和感のある美味しさ。その違和感を大事にしたくて、今も奮闘中です」輪島にこのクオリティのパンが!? というサプライズも、美味しさをいっそう引き立てくれました。
海の恵みが凝縮された
能登伝統の万能調味料、
いしる。
能登の名産品の一つに、イカやイワシ、サバなどを原料に発酵させて造る魚醤、いしる(いしり)があります。輪島市でイカの内臓と塩だけでいしるを造る『舳倉屋(へぐらや)』。社長の岩崎直さんは、そのいしるの特徴について話します。「輪島の沖合にある舳倉島で海女をやっていた祖母が、イカの干物を作る際に廃棄物になるイカのゴロ(内臓)を有効利用しようと、いしる造りに乗り出しました。ベトナムのナンプラー造りを視察した父が、現地にならって屋外にタンクを放置して造ってみたところ、蔵で造るよりも早く美味しく仕上がったことから、このタンクむき出しのスタイルを守っています」
年間を通じた大きな寒暖差と、強い海風が、発酵をほどよく促進し、深い旨味を生み出しているのです。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
舳倉屋(へぐらや) 社長:岩崎さん夫妻
能登の発酵文化を受け継ぎ、進化させる。
能登町の海の近くに“発酵食の宿”として知られる『ふらっと』があります。約2,000坪の敷地に迎える客は1日5組。オーストラリア人シェフのベンさんと、この地で生まれ育った女将の船下智香子さんのご夫妻が切り盛りしています。ベンさんは能登に伝わる発酵食に魅せられ、さまざまな発酵食品を使った伝統料理や、能登でのインスピレーションを盛り込んだイタリアンを提供しています。
「日本で初めに過ごしたのが能登。お義母さんが出してくれた、こんか(サバの糠漬け)と白いごはんの美味しさに感動して。それからずっと“発酵もの”にはまっているんです」とベンさん。自ら仕込む発酵食品は、いしる、ひねずし(アジのなれずし)、なんば味噌など枚挙にいとまがありません。手間ひまをかけ、愛情もじっくり発酵させた料理を堪能しました。