滞在型のスローツーリズムで見えてくる

本当の豊かさにふれる場所

能登半島の突端に位置する珠洲市。その北側にあたる大谷地区は、変化に富んだ海岸線が続く風光明媚なところ。海から昇る朝日と海に沈む夕日を眺めることができる、めずらしい場所でもあります。ここでは、地元民と県外の人の交流が盛んに行われるようになっています。

トップ本当の豊かさにふれる場所滞在記 Slow-4

Slow-4

きずなこそ 地域の財産。

朝靄に包まる金田司さんのブロッコリー畑。

東京暮らしで珠洲の底力に気づく。

林さんと一緒に、真浦集落からクルマで10分ほどの高台でブロッコリーとカボチャを育てる農家・金田司さんに会いに行きました。金田さんは現代集落の活動の賛同し、BBQ大会やイベント開催時などに野菜を提供しています。昨年は納屋のカフェでカボチャスープにして振る舞い、大好評でした。
「見てくれが悪くて市場に出せないカボチャの方が本当は味がいいんですよ。そんなカボチャをみんなに美味しいって言ってもらえてうれしかったですね。都会に暮らす人の生の声が聞けるのは、貴重な機会です」と金田さんは話します。
金田さんは大谷の馬緤(マツナギ)集落の出身。高校卒業後はプロバスケットボール選手を目指し、新潟のバスケ専門学校を経て、東京での武者修行に打ち込みました。都会暮らしの中で次第に珠洲の魅力を再発見するようになり、地元に帰ることを決意。ひとりで集中できる仕事がいいと、新規就農しました。その決断に大きく作用した出来事が東日本大震災です。
「東京に出たらなんて便利なとこやと驚きましたが、1カ月もせずに震災に遭って。街が機能不全に陥った途端、なんて不便なところやと印象は真逆になりましたね。暮らしのことはなんでも自分たちで賄える珠洲じゃありえへんと。珠洲は恵まれたところなんだと気づきましたね」との金田さんの話に、林さんは深くうなずきます。

珠洲でブロッコリーとカボチャを中心に育てる農家・金田司さん。地元の農業従事者として、現代集落の活動をバックアップしている

ブロッコリーの葉が元気に広がる畑。これからブロッコリーらしい花蕾の部分が大きくなっていく

波の花舞う海辺で
能登うまいものを
ひたすらに。

メニューに上がっていたらラッキー。7kgオーバーのブリのカマを大胆に使うブリカマ焼き定食。

海に向かって美しく流れ落ちる垂水の滝。そのそばに、食事処「庄屋の館」と「能登観光ホテル」はあります。オーナーは3代目の和田丈太郎さん。料理長も務めています。
「いつの頃か家業を継ぐもんだと思っていましたね。小さい頃から厨房で手伝って仕事は見ていました。父は経営だけで料理はしなかったので、自分は料理もできた方がいいだろうと、調理師学校へ進みました。30歳くらいまでは他の店で修行するつもりでしたけど、25歳で戻ることに。人手が足らんくなったから帰って来いと」。能登の冬の名物の一つ、真鱈を豪快に捌きながら和田さんは話します。この日は真鱈の他に、カマス、フクラギ(ブリの幼魚)、スルメイカなどいずれも上物を仕入れました。見事な包丁さばきで、お造りやフライ、煮付け、焼き物など魅惑的な定食になっていきます。
「ここに住んでると、この魚の旨さが当たり前になってしまうけど、都会から来たお客さんがよろこぶ顔を見ると、ああこれは恵まれてるんやなと思いますね」

「庄屋の館」から垂水の滝を眺める。海には冬の風物詩、波の花が舞う。

馬緤地区にあった古民家を移築した「庄屋の館」。180年も前の伝統的な民家だ。

「能登は海の幸の質は抜群。ここに来て味わってほしいですね、やっぱり美味しさがまったく違いますから」と和田丈太郎さん。

新鮮な真鱈はエラさえもやわらかく美味しく食べることができ、捨てるところがないとか。

フクラギもまだ生きているかのような輝き。

この日の刺身定食には、真子(真鱈の卵)をまぶした真鱈、スルメイカ、フクラギ、甘海老などが盛り込まれた。

真鱈の胃袋やエラなどの煮付けも味わい深い。お酒の格好のお供。

海の幸満載の
御膳料理に舌鼓

現代集落の食のイベントでも協働している「庄屋の館」の店主・和田丈太郎さん。
今夜は林さんがホスト役になってもてなす。

御膳には、鯖の南蛮漬け、鰻の酢の物、フクラギのフライ、タコとカレイのお造りなどがずらり。海藻しゃぶしゃぶは「庄屋の館」が考案した珠洲の新名物。

虫の声が響く初秋の夕刻。「現代集落」の広間には、ごちそうが並んでいます。「庄屋の館」に仕出しをお願いした御膳料理です。珠洲の魚介を使った本格料理をリーズナブルに堪能できるとあって、人が集まる際にしばしばはこの御膳料理で宴会となるそうです。
珠洲では祭りなどのハレの日は御膳料理が伝統的な形式で、家の主人は御膳に囲まれたスペースに入って酒を注いでもてなします。今宵は、林さんと親交も深い「庄屋の館」店主の和田さんも交えて一献を楽しみます。
酔いがまわるにつれ、話題はみんなが大好きな祭りのことに。気掛かりなのは、少子化による祭りの担い手不足。とりわけ、笛や太鼓の演奏を担当する子どもたちが減っていることです。
「都会の子どもたちも演奏できるようになって祭りの間、応援しに来てもらえませんかね。おひねりが出るんで、集落を渡り歩くとかなり稼げると思いますよ」と和田さん。林さんも祭り要員として独り立ちを目指しています。
「僕の太鼓の師匠は、丈太郎さんの中1の息子、コウタロウ君。楽しそうに叩く姿に見とれちゃって、自分は全然上達しないだよなあ」 最高の肴と美酒に酔い、夜は更けていきました。

海藻しゃぶしゃぶは酒粕を使った出汁に、ワカメ、カジメ、イシモズク、岩ノリ、ナガモ。ダイズル(アカモク)などをさっとくぐらせ、
色が変わった程度でいただく。新鮮な海藻が獲れる珠洲だからこそ味わえる逸品。

和田さん特製の鯖寿司。絶品。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

「魚はめちゃめちゃうまいですよ買うことはないですね。
野菜との物々交換で、漁師からもらえるんで」

農家/金田 司さん