滞在型のスローツーリズムで見えてくる

本当の豊かさにふれる場所

能登半島の突端に位置する珠洲市。その北側にあたる大谷地区は、変化に富んだ海岸線が続く風光明媚なところ。海から昇る朝日と海に沈む夕日を眺めることができる、めずらしい場所でもあります。ここでは、地元民と県外の人の交流が盛んに行われるようになっています。

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「限界集落」を 「現代集落」に

目の前は外浦の海、三方を森に囲まれている真浦集落。

空き家をみんなが集える
場所に。

「現代集落」がある真浦集落。

外浦沿いの急傾斜地に40軒の住宅が貼り付くように点在する珠洲市真浦町。そこに30世帯が暮らしています。2020年、この小集落で、ユニークなプロジェクトが産声を上げました。「100年後の豊かな暮らし」を目指し、自然と共生した循環型の暮らしを実践する「現代集落」をつくっていく取り組みです。「現代集落」のプロジェクトをリードするのは、金沢市出身の林俊伍さん。真浦集落に、空き家となった古民家が建つ宅地、水田、竹林、杉林などからなる土地約1万㎡を購入し、同年冬に古民家を改修。珠洲市に住民票を移し、金沢と真浦半々の2拠点生活を実践しています。「現代集落」は、大谷に人を呼び寄せ、ありのままの暮らしを体感してもらう「Hanomi」の活動を後押ししています。

「アジト」と呼ばれている現代集落の母家の前にて林俊伍さん。

アジトは、できるだけ元のままを生かして、快適に宿泊できるように改修した。

アジトの前の巨大な土間もメンバーによる手作り。みんなあまりにも疲れ果ててケンカになってしまったのも、今となっては笑い話。

納屋だった建物に掲げられた「COMMUNITY COWORKING “海”」のサインボード。デザインや建築関連のメンバーのスキルを最大限に生かしてリフォームを行なった

コワーキングスペースから海の方向を望む。ゆるりとした雰囲気の中で、都会とは違った発想が生まれるかもしれない

左/架台の上に設置された太陽光パネル。右/太陽光で得られた自然エネルギーを活用するためのバッテリーも完備

太陽光が生み出した電力で明かりが灯るコワーキングスペース。
日が暮れると、また昼とは違った趣き。

家族を守れる暮らしの実験場。

「現代集落」の母家には寝室として使える部屋が6室ほどあります。納屋は1階をカフェとして使えるスペースに、2階をコワーキングスペースにリフォームしました。母家と納屋の前の広い土地は、さまざまな作業や催しができるように、コンクリートの土間に仕上げました。納屋の横の空き地には、小屋サイズの架台を設置し、上部には太陽光パネルを設置。自給した電力を照明などに使うほか、4日分の電力を充電できるバッテリーを完備し、停電時にも備えています。
林さんは、金沢に生まれ育ち、金沢大学卒業後に商社に就職。物理教師への転職を経て、2016年に奥さんと共に起業しました。「100年後も家族と暮らしたい地域をつくる」ことを目的として、3つの事業を行なっています。1つ目が金沢で町家26棟を貸し出す宿泊業。金沢を観光客に消費される観光地ではなく、観光客も地域住民も交えた人と人とのつながりを生み出すコミュニティにするための事業です。そして、2つ目が企業内研修を請け負うコンサルティング業。家族と暮らす地域には仕事が不可欠ですが、やりがいのある面白い内容の仕事でなければ、結局その地域に落ち着くことはできません。企業と連携し、高度で魅力的な仕事を生み出すために活動しています。これらの事業に取り組む中で、林さんにはある疑問が生まれました。
「家族を守れるのは、結局は自分自身だけ。国や行政に頼れない時に、一体自分に何ができるのか? と。100年後も家族と暮らしたい地域をつくると言っているけど、何ができて、何ができていないのか? 口先だけではなく、とにかく実験してみようというのが、3つ目の事業『現代集落』なんです」

現代集落の拠点である古民家と納屋。メンバーでアイデアを出し合いながら少しずつ手を入れ、理想の住処に近づけてきた。

奥能登は世界最先端。

大谷地区は天然水も豊富。地下水が湧く講堂清水は、夏は冷たく冬は温かい水。
長い日照りでも枯れたことはないという。

電気、水、ガス、ガソリン、食糧の供給がストップしたら、果たして家族を守れるのか? そんな疑問を抱いているときに、講演やプライベートでたびたび訪れていた奥能登地域のポテンシャルに気づいたと林さんは言います。
「奥能登は世の中の経済が止まってもやっていけるんですよ。この地域の人々は遠い昔から、ライフラインが止まったとしても持続できる暮らしを営んでいます。普段から米、野菜、魚、調味料を自給できるし、この辺の人たちは食費は肉をたまに買うくらいと言っています。飲用水は川や井戸から、燃料は里山の木々から調達できます。そんな暮らしを人口4万人の規模の町でやっているのは、先進国の中ではかなりめずらしいと思います。最先端の暮らしを実践しているエリアとも言えます。そんなふうに考えていたときに、たまたまこの物件に出合いましたから、これはもう運命としか思えませんでしたね」

冬の大谷地区の海。一年を通じて豊かな海産物をもたらしてくれる。

遠くにいてもオンラインで住民に。

現在、現代集落には50名ほどの“民”がいます。月会費を払い、オンラインサロンのメンバーになると、現実の居住地がどこであろうとも、現代集落の一員となることができます。現代集落が目指すビジョンについて、オンラインでディスカッションし、所有地や建物、近隣エリアで何に取り組んでいくかを決めます。メンバーは格安でアジト(母家)に宿泊でき、自炊もできます。地元の方の暮らしの知恵に学びながら建築や農作業に一緒に取り組んだり、ワーケーションを楽しんだり、過ごし方は自由。伝統的な暮らしにDX(デジタル・トランスフォーメーション:デジタル技術を用いた変革)を掛け合わせたことで誕生した、現代ならではの“民”と言えるでしょう。新たな民が目指すのは、従来の営みが立ち行かなくなった限界集落のリデザイン。林さんは「限界集落から現代集落への変革」と表現しています。

真浦集落は水道が止まっても豊富な川水を利用できる。湧水や溜め池もあり、水の心配はない。