滞在型のスローツーリズムで見えてくる

神代から伝わる
織物とお酒の物語

能登半島のほぼ中央に位置する中能登町。加賀百万石の祖・前田利家が能登の支配を固める舞台となった石動山、4~5世紀に造られた36基の古墳からなる雨の宮古墳群など、見どころの多いエリアです。伝統的な最上級の麻織物である能登上布や昔ながらのにごり酒・どぶろくが受け継がれ、神事が今も大切に守られています。中能登の魅力に触れていきます。

トップ神代から伝わる織物とお酒の物語滞在記 Slow-1

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最上級の
麻織物

繊細な絣(かすり)紋様が印象的な能登上布。

昔ながらの手動の織り機で、ヨコ糸を1本シャーッと通してはガッシャン、シャーッと通してはゴットンと地道な作業が続けられる。

必要な本数の糸の数だけボビンを用意し、回転ドラムに巻き取るための機械。「能登上布会館」の工房は、見慣れない古めかしい機械でいっぱい。

ガッシャン、ゴットン。
機織り、伝承の館。

「能登上布会館」では、家庭で不用になった織り機を引き取り、大切に使っている。

「上布」という言葉を聞いたことはありますか。上布とは上等な麻織物のこと。麻といっても一般的なリネン(亜麻)ではなく、ラミー(苧麻/ちょま)など麻の中でも特に細い糸で織られた上質な麻布を指します。軽くて通気性がよく、肌触りがサラリと心地よいことから、夏用の着物に重宝されてきました。「能登上布」は越後上布や奈良上布などと並び日本の五大上布の一つとされ、約2000年前に崇神天皇の皇女が中能登地方で機織りを教えたことが起源だとされています。
その能登上布の伝統技術を保存・継承する施設「能登上布会館」に立ち寄ることに。かつて能登上布は上布の生産高日本一を誇り、最盛期には製造元である織元は120軒を数えたといいます。織元は糸を用意し、絣(かすり)のデザインに合わせて染めて巻き直し、機織りをする前工程を担当します。そして、数千人の織子が自宅で手織りして、反物に仕上げるという形で上布が作られていました。しかし、着物需要の減少や化学繊維の普及、自動織機の台頭などによって家庭での手織りは次第に衰退。織元はほとんどいなくなってしまいました。「能登上布会館」では、使われなくなってしまった織り機を引き取って手入れし、手織りの伝統技術を受け継いでいます。作業の様子を見学できるほか、機織りの体験も可能です。ガッシャン、ゴットンと、スローで丁寧なものづくりを、肌で感じることができます。

糸屋から仕入れた原糸をより合わせたり、
糊をつけて強度を上げる糸繰も大切な工程の一つ。

3cm幅におよそ100本のタテ糸が並ぶ。柄のわずかなズレも見逃さないように、チェックしながら作業を進める。品質にこだわり、根気強く丁寧な仕事をこなす能登の人々によって育まれてきた技術だ。

昔はなかったカラフルな糸も取り入れて、現代的なデザインにも挑戦している。

透き通るほど薄く軽い仕上がりが“蝉の羽”とも称される能登上布。見た目とは違ってとても丈夫なので、一生ものとして使えるという。

職人技を継承する唯一の織元。

能登上布の唯一の織元「山崎麻織物工房」を訪ねました。昭和初期に最盛期を迎えた能登上布はそれから衰退の一途をたどって、1982年には織元はこちらの工房だけになってしまったそうです。4代目の山崎隆(ゆたか)さんは、織元を守り続けた父・仁一さんの姿を見てきました。
「織元が5軒になった時、その中でいちばん若かった父は『こんなによいものを残さなければ罪だ』と、やれるところまで続けようと決意しました。テレビなどで能登上布が消えゆく文化として紹介されるようになると、次第に全国から織子を志す若者が集まってきました。織り機を引き取り、工房で機織りまでをこなす体制を整えて、能登上布を受け継いでいったのです」。
山崎隆さんは元々継がなくてもよいと言われ、エンジニアとして会社勤めをしていましたが、腕利きの染め職人が急逝したことなどを機に、家業に入ることを決めました。現在20代から70代の職人13人を抱え、着物反物や帯のほか、ストールやバッグ、今春新発売のジャケットをはじめとするファッションアイテムなどのモダンなデザインのアイテムを生み出しています。工房には、何百年も変わらない、機織りのリズミカルな音が響いています。

1891年(明治24年)に紺屋(染め屋)として創業した「山崎麻織物工房」。

「山崎麻織物工房」では年季の入った織り機を、修理しながら大切に使っている。

伝統的な藍色も濃さの違う糸を組み合わせることで、上品な風合いを生み出す。

染め上げられた糸。織り上げてから染める後染めと比べると、能登上布のような先染めは非常に手間とコストがかかるが、深みのある色合いや精緻な文様を表現することができる。

能登上布の伝統技法である櫛押捺染。櫛型の木に染料を付け、定規を使って1本1本線を引くように染めていく技法。根気と集中力が不可欠。

糸を染める作業に使う木型。表現したい文様の図面に合わせて、メスのイチョウの木を材料にこのような木型を彫る。
現在では彫れる職人がいなくなり、ストックする木型を大事に使っている。

櫛押捺染で染められたタテ糸。なぜこれが絣の文様になるの?どうしても理解できない。

能登上布の代表的な文様は、十文字、井桁、亀甲、蚊など。これらを組み合わせることで、さらに複雑な文様を表することもできる。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

とにかく手間と時間がかかる仕事。けれど、そのおかげで独特の風合いが出る。だから細々ながら生き残ってこれたのかな」

山崎麻織物工房 4代目:山崎隆さん

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