滞在型のスローツーリズムで見えてくる

どこか懐かしい
石の里での新体験

石川県南部、日本海から白山ろくへと広がる小松市は、実にさまざまな表情をもっています。街の中心部にほど近い場所に、北陸の拠点空港である小松空港があり、東京や札幌、福岡、那覇からのアクセスは抜群。小松城の城下町として形成された旧市街には今なお古い街並みが残っています。前田家によって伝統文化振興が奨励されたことから、九谷焼などの工芸が発展し、茶の湯文化が根づいているのも特徴的です。豊かな自然が残り、かつて石の産出が盛んだった石の里・滝ヶ原には、農的な生活を体験できる新感覚のコミュニティが誕生。静かに人気を高めています。

トップどこか懐かしい石の里での新体験滞在記 Slow-3

Slow-3

水と米に恵まれた銘醸の地

「農口尚彦研究所」の日本酒は、石川県産の五百万石などを使い、タイプも多彩にラインナップ。
一番右は隠れた人気ですぐに完売した酒粕焼酎。

農口杜氏のお酒は、旨味がしっかりと感じられながら、後味がすっきりとしたきれいなタイプと評判。日本酒ビギナーにも飲みやすいお酒が多い。

伝説的な杜氏の新たな挑戦。

「農口尚彦研究所」は一般的な日本酒の蔵のイメージとはかけ離れた、
モダンでスタイリッシュな建物。比類なき職人技と最新テクノロジーが融合する。

「農口尚彦」というお名前にピンときた人は、きっとお酒が好きな方でしょう。そう、能登杜氏四天王に数えられる、いまだ現役の伝説的杜氏です。1932年に能登町の杜氏の家に生まれた農口尚彦さんは、28歳の若さで「菊姫」の杜氏になり、失われかけた山廃仕込みの復活に貢献します。定年退職後、2度復帰して酒蔵を渡り歩き、2017年新設された日本酒蔵「農口尚彦研究所」の杜氏に就任。80代半ばでの劇的な復活と、醸された日本酒のクオリティに世間があっと驚きました。
「農口尚彦研究所」を見学させてもらいました。ギャラリーでは、パネルなどで地域の日本酒の歴史と、農口さんの杜氏としての足跡をたどることができます。画期的なのは、日本酒を仕込むタンクを見下ろす位置から見学できること。農口さんは、機械に任せても変わらない作業は機械に任せ、その分、人間にしかできない感覚的な作業に手間ひまを注ぐという方針を徹底しているそうです。そんな話に耳を傾けていると、急いだ様子の農口さんが。ちょっとすみません、写真をパチリ。仕事へ向かう農口さんは、90歳近い高齢とは思えない、若々しい後ろ姿でした。

「いらっしゃいませ」と農口尚彦さんは微笑むと、足早に仕事場へと向かっていった。

テイスティングコースでは、ガラス越しに発酵蔵の見学も可能。最新設備で厳密な管理がされている。

「酒事」というたしなみ。

ギャラリーや蔵の見学が終わったら、テイスティングルーム「杜庵(とうあん)」へ。

「杜庵」の中央には、茶室の四畳半に合わせたコの字カウンターが。窓の向こうには棚田が広がる。

「農口尚彦研究所」は、独自の趣向を凝らしたティスティングルーム「杜庵」を備えています。完全予約制のテイスティングコースでは、ギャラリー観覧後、季節の日本酒数種とお酒に合わせた酒肴のセットをゆったりといただけます。ユニークなのは、茶道の茶事にならったオリジナルの「酒事」として、茶室をイメージした空間で体験できること。裏千家ゆかりの地であり、茶の湯文化が受け継がれている小松ならではの斬新な趣向です。
「杜庵」の伊藤陽子さんは、お酒の特長に合わせてしっかり冷やしたものから、熱めのお燗までさまざまな温度で提供してくれます。いただく器もワイングラスもあれば、錫製のお猪口、珠洲焼きのお猪口などバラエティ豊かで、同じお酒でも器によって香りの広がり方や旨味の出方がこれほど多彩に変化するのかと、驚かされます。何よりも、農口杜氏渾身のお酒を蔵が考える最適な方法で、最高の肴と一緒にいただけるのだから、これはもう至福のとき。結構なお点前でございました。

吟醸タイプのお酒を、ソムリエ用テイスティンググラスでいただく。ふくよかな香りと上品な旨味をバランスよく感じることができる。

凛とした端正な空間。美しい酒器に美しい所作でいただくお酒は格別。

この日の酒肴は、かぶらずしと並んで加賀を代表する発酵食品、大根ずし。ひと口味わったあとにお酒をいただくと、驚くほど風味が豊かに広がる。

よく冷やしたお酒は保冷性の高い錫製お猪口で。キリリとした潔い味わいを長く楽しめる。

締めくくりは、お菓子をお酒に浸していただく。ちょっとした背徳感もある、大人の甘み。

あ、ここにも石切り場。ほろ酔い気分で「農口尚彦研究所」をあとにした。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

日本酒が好きで理想のお酒を追い求めていたら、ここにたどり着いていた」

杜庵:伊藤陽子さん

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