滞在型のスローツーリズムで見えてくる
どこか懐かしい
石の里での新体験
石川県南部、日本海から白山ろくへと広がる小松市は、実にさまざまな表情をもっています。街の中心部にほど近い場所に、北陸の拠点空港である小松空港があり、東京や札幌、福岡、那覇からのアクセスは抜群。小松城の城下町として形成された旧市街には今なお古い街並みが残っています。前田家によって伝統文化振興が奨励されたことから、九谷焼などの工芸が発展し、茶の湯文化が根づいているのも特徴的です。豊かな自然が残り、かつて石の産出が盛んだった石の里・滝ヶ原には、農的な生活を体験できる新感覚のコミュニティが誕生。静かに人気を高めています。
Slow-2
旅人がしばし愉しめる農的生活
新しい暮らしのあり方を
探求するコミュニティ。
小松市をよく知る人のおすすめで、「TAKIGAHARA CRAFT & STAY」に泊まることにしました。ここは、築100年の古民家をリノベーションしたゲストハウスで、野菜を栽培する滝ヶ原ファームを運営する農家であるという、ちょっと不思議なところ。やはり石蔵を改装したコンドミニアム、古民家を改装したカフェ、納屋を改装した工房も併設されています。スタッフは職歴も国籍をさまざまで、バラエティ豊か。そのひとり、ラブラドール・レトリーバーを連れた人が、実際に農家として登録されている、農業生産法人(株)滝ヶ原ファームを運営する小川諒さんです。
小川さんは農産物を直接販売する市場を開く「Farmers Market @UNU」に所属する形で、2016年にこの地の空き家に住むようになりました。“文化を耕す”というミッションを受け、ゲストを呼べるように家を改装し、耕作放棄地で野菜を育て、手探りで農的生活を続けていったと言います。
外国人のゲストが送り込まれるようになると、口コミで国内外のいろんな人が遊びに来るようになりました。そして、みんなのニーズに応えるように、コンドミニアムやカフェをつくり、2020年にコア施設となるゲストハウスをオープンさせました。賛同する仲間がひとり、またひとりと加わり、みんなで力を合わせて持続可能な衣食住を実践するコミュニティをつくってきたのです。少しずつ、少しずつ。
カフェやゲストハウスのダイニングでは、畑で採れた野菜や飼っている鶏の卵を使った料理を味わえます。循環型農業をベースに持続可能なライフスタイルを実践するパーマカルチャーに関心のある人たちが、そのウワサを聞きつけて訪れるようになっています。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
農業生産法人株式会社 滝ヶ原ファーム:小川諒さん
クラフトマンシップが
刺激される場所。
「TAKIGAHARA CRAFT & STAY」は、その名のとおり、宿泊同様にクラフトにも力を入れています。小川のほとり、竹林に囲まれた納屋は、山中漆器の工房へのリノベーション中。小松市に工房を構える漆器作家・生地(しょうじ)史子さんは、時折「TAKIGAHARA CRAFT & STAY」の工房でも作業し、ふたつの工房を使い分けながら作品づくりに取り組んでいます。生地さんは、現在の2拠点のスタイルが気に入っていると話します。「器づくりはとても楽しいですが、ずっと作業台に向かっているような孤独な仕事です。その点、工房がこのような自然の中のコミュニティにあると、気分転換に散歩したり、スタッフやゲストの方とお茶を飲んでおしゃべりしたりリフレッシュできて、またやるぞという気分になれます。作品を見てもらって刺激を受けることもできるし、クラフトと地域コミュニティは、とても相性がいいですね」
工房では器づくりのワークショップが開かれることも。生地さんの休憩どきにちょっと見学させてもらうのも、いいかもしれません。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
漆器作家:生地史子さん
自然体で時の流れに
身を任せるステイ。
古民家を改装した宿と聞いて、どんなところをイメージするでしょうか?古民家の雰囲気をそのままに機能性を高めた建物、和モダンの空間……。「TAKIGAHARA CRAFT & STAY」の建物は、どれも外観は古民家然とした佇まいですが、1歩なかに入ると、外とのギャップに驚きます。そこに広がるのは、北欧のホテルやカフェさながらのスタイリッシュな空間。それがとってつけた感じのない、とても心地よいギャップなのです。
共有スペースである、ラウンジやダイニングルーム、ティールームには、ザハ・ハディッドやエーロ・サーリネンなど建築やプロダクトデザインの巨匠たちが手がけた、チェアやソファの名作が置かれています。ハイキングから帰ったくつろぎのひと時、食後の読書タイムも充実したものになりそう。ワーケーションの拠点としても適していそうです。
素朴さと洗練が織りなす
味の記憶。
「TAKIGAHARA CRAFT & STAY」での代えがたい楽しみは、ごはんです。TAKIGAHARAの畑では季節の野菜、果樹やハーブなどは、無耕作・無農薬で土壌の力を活かした自然のリズムで育てられています。また、鶏小屋で元気いっぱいに過ごしている名古屋コーチンや烏骨鶏、アローカナたちは、栄養満点の卵を産み、その恵みもいただくことができます。肉や魚、お米は近隣の生産者から分けてもらった安心で味は間違いないものばかり。ゲストハウスでは、イギリス人シェフのティモシー・モーンさんが、石川県の旬の食材を使い、曜日限定でフルコースのディナーを作ってくれます。一方カフェでは、新鮮な野菜をふんだんに使ったガレットやおかずがたくさんのった玄米ごはんのプレートなどをいただけます。たくさん散歩しておなかを空かせなくちゃいけませんね。
きらめく朝。里山の息吹。
滝ヶ原に朝が来ました。まばゆい朝日を浴びながら、朝露に濡れる草の上を歩きます。聞こえるのは鳥の声と、風に揺れる葉ずれの音だけ。鶏やヤギたちはもうエサを探して動き出しています。
特に行くあてもなく歩いていると、もう閉鎖した石切り場が見えてきました。近くで見るとものすごい迫力。見覚えのある鳥居も遠くに見えます。八幡神社もこんなに近くにあったとは。アーチ石橋めぐりも朝の散歩にはもってこいのコース。こうして歩いてみると、滝ヶ原の石の文化は、本当に限られた範囲に凝縮していることがわかります。
さあ、宿へ帰ろう。朝ごはんはできたかな。今日も充実した1日になりそうです。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
TAKIGAHARA CRAFT & STAYスタッフ:ヒカリさん