滞在型のスローツーリズムで見えてくる

どこか懐かしい
石の里での新体験

石川県南部、日本海から白山ろくへと広がる小松市は、実にさまざまな表情をもっています。街の中心部にほど近い場所に、北陸の拠点空港である小松空港があり、東京や札幌、福岡、那覇からのアクセスは抜群。小松城の城下町として形成された旧市街には今なお古い街並みが残っています。前田家によって伝統文化振興が奨励されたことから、九谷焼などの工芸が発展し、茶の湯文化が根づいているのも特徴的です。豊かな自然が残り、かつて石の産出が盛んだった石の里・滝ヶ原には、農的な生活を体験できる新感覚のコミュニティが誕生。静かに人気を高めています。

トップどこか懐かしい石の里での新体験滞在記 Slow-1

Slow-1

石の里、滝ヶ原で育まれた石文化

滝ヶ原で唯一、採掘が続く石切り場、本山(ほんやま)の入口近く。
表面のざらつきはツルハシで削った跡。途方もない作業量の証。

1935年に架設された丸竹橋。現存する滝ヶ原アーチ型石橋の中で最も新しく、完成当時、大型化する車両が通行できるように堅牢な構造で作られた。隙間のない見事な石組み

八幡神社の境内に立つ滝ヶ原石の灯籠。長い年月、風雪に耐えてきた荘厳な佇まい。

「里山自然学校こまつ滝ヶ原」でお昼ごはんを作ってくれたお母さまたち。
美味しいごはん、たくさんのおかず、デザートの柿も、ありがとう。

特産の滝ヶ原石が生まれる、
静寂の石切り場。

真っ直ぐに約300m延びる本山石切り場。静寂に包まれた神秘的な空間

滝ヶ原で3番目に採掘が始まり、昭和30年頃まで続いた西山石切り場跡。滝ヶ原石生産の最盛期を支えた

滝ヶ原には、石を組み合わせて架けるアーチ石橋が5つ現存している。そのうちのひとつが西山橋。石と石の間から草が生い茂るその威容は、悠久の時を感じさせてくれる

「滝ヶ原で石の切り出しが始まったのが1814年。滝口谷大滝、西山、本山の3カ所の石切り場があり、そのうち本山では現在も採掘が行われています」と話すのは、地域密着型の民営組織「里山自然学校こまつ滝ヶ原」事務長の山下豊さん。同組織が運営する「滝ヶ原観光ネットワーク」では、山下さんをはじめとするガイドが石の里、滝ヶ原の歴史文化遺産を案内する見学コースを用意しています。
滝ヶ原石は良質な緑色凝灰岩で、お城の石垣などに使われ、北前船で遠方へも届けられました。昭和20〜30年代に生産のピークを迎え、その後は安価な外国産の石に押されて衰退。現在は事業者として唯一「荒谷商店」が採掘を続けています。その現場を見学させてもらいました。山にぽっかりとあいた採掘坑は、高さ10m以上。石を横へ横へと四角く切り出していくので、採掘坑は水平方向へ一直線に延びています。西洋の宮殿のような空間の奥は真っ暗闇。その長さはなんと300mに達すると言います。「荒谷商店」3代目の荒谷雄己さんは石を切り出し、さまざまに加工します。床材や壁材、浴槽などによく使われているそうです。
「滝ヶ原石には無数の小さな孔があるので、水を吸収し蒸発させる力が強いんです。玄関先に使うと雨でも足元が滑らず、すぐに乾いてきれいに保てると評判です」と荒谷さん。この山を巣立った石は、全国で人々の暮らしを彩っています。

「里山自然学校こまつ滝ヶ原」事務長の山下さん。滝ヶ原で生まれ育ち、地元企業のコマツで定年まで勤め上げたあと、地域の自然環境や歴史文化を伝える活動に力を注いでいる。

滝ヶ原のあちらこちらには、灯籠やオブジェなど滝ヶ原石を使った作品が展示されている。

本山石切り場の入口にある「荒谷商店」の加工場。豪快に水飛沫を上げながら石を切断、研磨する。

採掘坑には使い込んだ巨大なチェーンソーの刃が。

コンクリート打ちっぱなしの建物のように見えるが、これは採掘坑の内部。一つの石がくり抜かれてできた空間。

石を切り出すための丸ノコも巨大

採掘坑内に50cm角の石が組み上げられた空間が。ここにはイギリス在住のランドアーティストJulie Brook (ジュリー ブルック)さんによる作品が残されています

およそ2000万年前の地殻変動によって生まれたとされる滝ヶ原の石山、採掘坑内の壁を見ると断層があることがわかる。

ツルハシやハンマーなど代々受け継がれてきた力作業の道具たち。滝ヶ原石製のコースターも人気を高めている。

「里山自然学校こまつ滝ヶ原」の活動プログラムのひとつ「里山食堂」で、テキパキと料理をつくるお母さまたち。「たくさん食べてね」と出されたのは、むかごご飯とお盆に乗り切らないおかずの数々。どれも愛情たっぷり。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

滝ヶ原石にもっとふれて、魅力を感じてほしい」

荒谷商店代表:荒谷雄己さん
※壁に見える模様は、木の化石の断面。

彫り出される石の芸術。

中谷篁さんの石材工芸彫刻工房に。大小さまざまな作品が並ぶ。

90歳を超えても現役で作品を生み出し続ける中谷さん。左に見えるのは大作「孔雀明王」。

滝ヶ原石を材料に彫刻作品を生み出す達人がいると聞いて訪ねました。1931年生まれの中谷篁(なかやたかむら)さんは、手仕事で石を彫る数少ない石材彫刻師で、石製品の最高権威である「石匠位」にも認定されています。工房には、緑色を帯びた灰色の滝ヶ原石の美しさが引き出された作品がところ狭しと並んでいます。中谷さんが石の世界に入ったのは中学2年の時だったと話します。
「父親が石工をしていたし、石の仕事をするのは当たり前やと思うとった。初めは石切り場で、ツルハシ振っておったんです、中学2年から。何年後かしてから父の彫刻を見よう見まねでやるようになって、20歳の時ですね、初めて自分に依頼が来たのは。うれしかったですね。自分の彫刻もようやく買うてもらえるようになったのは」
中谷さんが石から彫り出すモチーフは、洋の東西、時代を問わず、写実的なものから抽象的なものまで幅広く自在です。最も思い入れが深いのは、羽を広げた孔雀の上に不動明王が鎮座する「孔雀明王」。石の作品とは思えないほど繊細な仕事が施されています。幾度となく打つノミによって、中谷さんの魂が作品の中に込められたのでしょう。

時にやさしく、時に険しく、中谷さんの石彫は表情豊か。

手仕事の道具はいたってシンプル。ノミとゲンノウ、鉛筆など。

物語を紡ぐ人~スロツーびと~

石はやり直しがきかない。いくらやってもむずかしい」

石材彫刻師:中谷篁さん

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