滞在型のスローツーリズムで見えてくる
どこか懐かしい
石の里での新体験
石川県南部、日本海から白山ろくへと広がる小松市は、実にさまざまな表情をもっています。街の中心部にほど近い場所に、北陸の拠点空港である小松空港があり、東京や札幌、福岡、那覇からのアクセスは抜群。小松城の城下町として形成された旧市街には今なお古い街並みが残っています。前田家によって伝統文化振興が奨励されたことから、九谷焼などの工芸が発展し、茶の湯文化が根づいているのも特徴的です。豊かな自然が残り、かつて石の産出が盛んだった石の里・滝ヶ原には、農的な生活を体験できる新感覚のコミュニティが誕生。静かに人気を高めています。
Slow-1
石の里、滝ヶ原で育まれた石文化
特産の滝ヶ原石が生まれる、
静寂の石切り場。
「滝ヶ原で石の切り出しが始まったのが1814年。滝口谷大滝、西山、本山の3カ所の石切り場があり、そのうち本山では現在も採掘が行われています」と話すのは、地域密着型の民営組織「里山自然学校こまつ滝ヶ原」事務長の山下豊さん。同組織が運営する「滝ヶ原観光ネットワーク」では、山下さんをはじめとするガイドが石の里、滝ヶ原の歴史文化遺産を案内する見学コースを用意しています。
滝ヶ原石は良質な緑色凝灰岩で、お城の石垣などに使われ、北前船で遠方へも届けられました。昭和20〜30年代に生産のピークを迎え、その後は安価な外国産の石に押されて衰退。現在は事業者として唯一「荒谷商店」が採掘を続けています。その現場を見学させてもらいました。山にぽっかりとあいた採掘坑は、高さ10m以上。石を横へ横へと四角く切り出していくので、採掘坑は水平方向へ一直線に延びています。西洋の宮殿のような空間の奥は真っ暗闇。その長さはなんと300mに達すると言います。「荒谷商店」3代目の荒谷雄己さんは石を切り出し、さまざまに加工します。床材や壁材、浴槽などによく使われているそうです。
「滝ヶ原石には無数の小さな孔があるので、水を吸収し蒸発させる力が強いんです。玄関先に使うと雨でも足元が滑らず、すぐに乾いてきれいに保てると評判です」と荒谷さん。この山を巣立った石は、全国で人々の暮らしを彩っています。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
荒谷商店代表:荒谷雄己さん
※壁に見える模様は、木の化石の断面。
彫り出される石の芸術。
滝ヶ原石を材料に彫刻作品を生み出す達人がいると聞いて訪ねました。1931年生まれの中谷篁(なかやたかむら)さんは、手仕事で石を彫る数少ない石材彫刻師で、石製品の最高権威である「石匠位」にも認定されています。工房には、緑色を帯びた灰色の滝ヶ原石の美しさが引き出された作品がところ狭しと並んでいます。中谷さんが石の世界に入ったのは中学2年の時だったと話します。
「父親が石工をしていたし、石の仕事をするのは当たり前やと思うとった。初めは石切り場で、ツルハシ振っておったんです、中学2年から。何年後かしてから父の彫刻を見よう見まねでやるようになって、20歳の時ですね、初めて自分に依頼が来たのは。うれしかったですね。自分の彫刻もようやく買うてもらえるようになったのは」
中谷さんが石から彫り出すモチーフは、洋の東西、時代を問わず、写実的なものから抽象的なものまで幅広く自在です。最も思い入れが深いのは、羽を広げた孔雀の上に不動明王が鎮座する「孔雀明王」。石の作品とは思えないほど繊細な仕事が施されています。幾度となく打つノミによって、中谷さんの魂が作品の中に込められたのでしょう。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
石材彫刻師:中谷篁さん