滞在型のスローツーリズムで見えてくる
山と雪に閉ざされた
孤高の集落
白山のふもと、標高約500m。手取川と大道谷川に挟まれた段丘上に、白峰の集落はあります。平地が少ないため耕作地はほとんどなく、農業の代わりに養蚕業が盛んに営まれていました。建物は積雪4mを超えることもある豪雪に耐えるため、土蔵造りが基本。養蚕に適した構造になっています。その独特のまちなみが評価され、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。ノスタルジックな雰囲気が漂う白峰をめぐります。
Slow-4
途方もない手間の賜物、栃餅
栃餅は四角いのし餅のほかに、外あんこと中あんこの2種類ある。
お米の代わりの
貴重な食糧源。

栃の実の硬い皮を金槌で叩き割って中身を出す作業。1個ずつ、1個ずつ、ひたすら地道な作業。
乾燥させた実を一晩お湯に浸けて、翌日に皮を割る。
皮を割って中身を取り出し、ようやく調理の段階へ。
山口さんがおすすめのスイーツがあるというので、『白山栃餅 志んさ本舗』へやってきました。栃の木の実から作るお餅、栃餅です。白峰の周辺には栃の木が多く、9月になると実が豊富に採れます。平地の少ない白峰に稲作は向いておらず、お米は大変貴重でした。代わりに栃の実をお米などの主穀に加えてかさ増しする食文化が発達し、かつて栃餅は白峰の各家庭の日常食でした。
栃餅を作るには、大変な労力が必要です。栃の実はものすごくアクが強く、おいしく食べられるようにするまでに、とんでもない手間と時間がかかります。そもそも栃の木は実をつけるようになるまでに20年から30年かかるとのこと。桃栗3年柿8年……の比較ではありません。そんなありがたい実を山から採ってきたらまず、保存が効く状態にする必要があります。実を3日間水に浸けて虫出しをしてから天日干しにします。その期間はなんと1カ月半。毎朝、日の出と共に河原に広げて夕方に取り込みます。雨が降りそうなら急いで取り込まなければならず、目が離せません。
乾燥した栃の実は、そのままでだと、一体どんな味なのでしょう? 試食させてもらいました。ごはん粒ほどの小さな欠片を噛み締めただけですが、喉の奥まで苦くて渋くてエグくてピリピリと辛く、そして酸っぱくもあるような、とにかくものすごくマズい。……昔の人はよくこれをどうにかして食べようと考えたものだと感心するばかり。店主の織田毅さんは「縄文遺跡から栃の実を食べた形跡が発掘されたそうですから、2000年以上も前から食べるための知恵はあったらしいですよ」と笑います。人間の食への探究心は計り知れません。
店主の織田毅さん。製菓学校と洋菓子店を経て、お父さんの店を30年前に継いだ。
ほんのりビターで
栄養満点。

途方もない手間ひまの背景を知ると、破格値に思える。
乾燥させた栃の実は、10年以上保存できるようになります。昔は、不作の年もあるので各家庭で3年分の栃の実を蓄えておくのが慣習だったと言います。栄養成分はお米とかなり近く、主食にぴったり。栃餅はお米だけの餅に比べて日もちするので、山仕事の行動食にも重宝しました。また、ヒエやアワと混ぜた栃粥も日常食だったそうです。
保存用の実を調理する場合には、お湯に一晩浸けて柔らかくし、金槌で叩き割って中の実を取り出します。取り出した実は5日間〜1週間流水に浸けます。そして、木の灰と一緒に煮て、2晩寝かします。すると、不快な苦味やエグみはなくなり、おいしく食べられる味になっています。
「栃はよく“合わす人の手を見る”と言います。同じように下ごしらえをしたつもりでも、作る人によって味が変わるんです。うちの父の栃餅はもっと苦味が強くて、私のはもっと穏やか。代替わりした時には、常連に『栃の実を減らしたろ』と言われました。むしろ増やしたんですけどね、不思議です。家庭家庭にそれぞれの味があったようですよ」と織田さんは話します。
白峰の昔の栃餅は栃とお米が2:1が一般的でした。志んさ本舗では、やわらかくマイルドに仕上げるために、栃とお米1:2で作っているそうです。さて、お待ちかねのそのお味は……ほのかな苦味がアクセントになって、お米だけの餅に比べて深〜い旨みを感じます。あんこの甘さと相まって、奥行きのある味わいがクセになりそう。おいしく食べられるように工夫した先人の努力に感謝、です。
餅のほかに、栃入りの煎餅やシュー生地に栃を練り込んだシュークリームなども人気。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
「まだ口の奥がヒリヒリするでしょ? 栃ってそれくらいむずかしい食材なんですよ(笑)」
『白山栃餅 志んさ本舗』のみなさん