口の中にふわりと広がる
大豆本来のコクと香り

商品名:大浜大豆、大浜大豆の地豆腐
メーカー:横山振興会、株式会社のろし(道の駅狼煙)

大浜大豆は乾燥大豆のほか、原料として100%使用した豆腐が販売されている。

収穫時期が遅く生育がむずかしい大豆

11月上旬、能登半島の突端に位置する珠洲市狼煙町横山地区には、収穫の時を待つ大豆畑が広がっていました。大豆は莢に実が詰まったあとも畑にそのままにして、葉や茎が黄色くなり、葉が落ちるほど乾燥するまで待ってから収穫します。能登半島の他の地域にも大豆畑はありますが、もうとっくに収穫を終えています。なぜここはまだ?
この横山地区で育てられているのは、めずらしい「大浜大豆」という在来種。100年ほど前からこの珠洲外浦地区で盛んに栽培され、その後一度姿を消してしまった“幻の大豆”です。大浜大豆は一般的な大豆の品種と比べて背丈が高く実も大粒で、落葉が遅く乾燥に時間がかかるため、収穫も11月中頃までじっと待つ必要があります。11月に入ると、雨が多くなり、雪も降り始めることもあるので、大浜大豆をよい状態で収穫するのはとても大変です。しかし、苦労はともなうものの、出来上がった大豆の味はというと……抜群の美味しさ。

珠洲市狼煙町に広がる大浜大豆の畑。日本で栽培されているのは、この地にある8ヘクタールほどの畑だけ。

大浜大豆は大粒で、中央部の裂けたヘソが大きく黒ずんでいるのが特徴。

大浜大豆の栽培をリードしてきた二三味義春さん。

背丈が高くなる大浜大豆は、栄養を与えすぎるのもよくないとのこと。無事に収穫適期を迎えるまでの日数が長く、栽培はむずかしい。

幻の大豆は、白い花を咲かせた

大浜大豆の栽培に取り組んでいる二三味義春さんは、大浜大豆が復活した経緯を教えてくれました。もともと横山地区では田んぼの畦(あぜ)などで大豆栽培が行われていましたが、1960年代から出稼ぎが盛んになり冬場に男手がなくなるようになると、力のいる大豆の収穫作業がこなせなくなってしまいました。
そのため、秋が深まる前に農作業が終えられる葉タバコ栽培が取って代わり、大豆は廃れていきました。2002年、地域おこしの一環として地域に根付く大豆の食文化を見直そうと有志でグループを結成し、一斉に一般的な品種の大豆を植えました。ところが、その年は雨が多く、思うような収穫は得られなかったそうです。
「どうしたもんかと困っておった時に、ある家から昔の大豆が3kgほど出てきたんやわ。んなら、それを植えてみるかと試したら、咲いた花の色が違うんですわ。普通は紅紫色やのに、8割くらいが白い花で。これはめずらしいと、白い花の株だけを残して育てていったんです」
そうして収穫した大豆は、ヘソの部分が黒く、品種改良が進む前の特徴が見受けられます。食べてみると、なんともふくよかな香りと甘みがあって、昔ながらの大豆の美味しさがあると評判になりました。
「栽培を始めてから3年後やったかな、当時97歳で地区で最高齢だったおばあさんが、『大浜大豆は白い花やったよ』と証言してくれたことで、この大豆が幻の大豆、大浜大豆やとわかったんです」と二三味さんは話します。

「道の駅狼煙」では週2回、狼煙地区に伝わる大浜大豆を使った「地豆腐」作りが行われている。たっぷりの水に一晩浸けておいた大浜大豆は乾燥時の2〜3倍の大きさに。すりつぶしてから煮る。

煮上がったら、豆乳とおからに分ける。豆乳は一般的な豆乳濃度13度よりも高い15度が目安。濃い豆乳の甘い香りが一気に立ちこめる。豆乳はもちろん、ソフトクリームやマヨネーズにも使用。おからはドーナッツやコロッケになる。

豆乳に加えるにがりは、奥能登・外浦に500年以上伝わる揚げ浜式製塩で生み出される天然にがりを使用。一般的に使われている凝固剤は一切不使用。固まり切る前にすくい上げるおぼろ豆腐の他、絹ごし豆腐、木綿豆腐などが作られる。

壊れやすい豆腐は冷水でよく冷やし、素手で丁寧に扱う。極寒期でも工房内は暖房なし。身を切るように冷たい水の中で手作業を行う。

味噌や納豆、豆腐の味も格別なものに

大浜大豆は他の品種と交配させないように注意しながら自家採種し、作付けを増やしていきました。大浜大豆はそのまま炊いて食べても美味しいですが、味噌や納豆、豆腐にしても格別でした。
「京都の有名な豆腐屋に豆を送って使ってもろたら、ええ味の豆腐ができよったって。『この豆は大事にせな』と言われましたわ」と二三味さん。代表を務める「道の駅狼煙」では、この大浜大豆を使って味噌や豆腐を作り、販売しています。特に、日本に唯一残る珠洲市の揚げ浜式製塩で生まれる天然にがりを使った地豆腐は、遠方からわざわざ買いに来る人もいるほどの人気です。
「絹ごしも木綿もいいけど、俺はおぼろが好きやね。何もつけずにそのまんまで美味いよ。豆自体の味がそもそも強いし、さらに豆乳も濃度を高くして使ってるんやわ。豆本来の風味がフワッと楽しめて、たまらんわ」と二三味さんは笑います。
大浜大豆をよその地域で育てたこともありましたが、どうもうまくいきませんでした。大浜大豆には、三方を海に囲まれ、常に潮風が吹きさらす狼煙の環境が合っているのだろうと二三味さん。
「同じ野菜でも、狼煙で作ったやつは甘くて味が濃くなるんだ、不思議なもんで。大浜大豆のうまさは自然のおかげだよ」

いくら機械化されようとも、毎日同じように高い品質の豆腐を作るには、長年の経験と勘がものを言う。
昔ながらの在来種である大浜大豆を使うならなおさらのこと。絶妙なチームワークで美味しい豆腐を作り上げる。

「道の駅狼煙」には、午前中にできたての豆腐が並ぶ。豆本来の香りとコク豊かな甘みを堪能できるとあって、わざわざ買いに来る人も多い。