深い滋味がクセになる
山間地で受け継がれる発酵食
商品名:当目のなれずし
メーカー:NPO法人当目(当目夢を語る会)
各家庭で作られてきた
冬場のための保存食
「なれずし」とは、魚と炊いた米を発酵させた保存食のこと。古くから全国各地になれずしを作る習慣があり、現代の握り鮨の原型であると言われています。奥能登の山間地域では伝統的に各家庭でなれずし(ひねずしとも言う)が作られ、保存食として親しまれてきました。かつては地域を流れる川で捕まえたアユやウグイなどの川魚を塩漬けし、米と一緒に漬け込んでいました。乳酸発酵が進むことで、独特の酸味と深い旨味が生まれ、栄養価も高まります。冷蔵庫のない時代には、食糧を長持ちさせる知恵でもありました。
当目は良質な米が穫れる米どころですが、海から遠い山間地域の冬は、今のような道路ができるまでは雪に閉ざされ、川魚も獲れなくなるため、かつては手に入るたんぱく質が一気に乏しくなってしまいました。なれずしは、その厳しい冬場を乗り切るための貴重なたんぱく源となってきたのです。
現代では、奥能登のなれずしには、川魚の代わりにアジやサバなどの海産魚を使うのが一般的となっています。香りづけに山椒を使い、高温多湿となる梅雨時期の6月頃に仕込まれます。
繊細で複雑な旨味と香り
能登町の当目(とうめ)地区は、奥能登の中でも特に山深い地域。谷あいは奥深くまで田んぼが開墾され、5つの集落が形成されています。この地は、とても上質な米が穫れることで知られており、「当目の米」はブランド米として評価を高めています。
その当目の美味しい米を惜しげもなく使ったなれずしが「当目のなれずし」。当目地区の伝統や文化、景観を守るグループ「NPO法人当目」によって商品化されています。能登町にある宇出津漁港に揚がる新鮮な小アジを使った、能登町の海山の幸を融合させた逸品です。
さて、一体どんな味がするのでしょう? 仕込んでから4ヶ月ほど経った“新物”と、1年以上熟成させた“熟成”をいただきました。
まずは新物から。口に入れた途端、強い酸味と一緒に旨味がいっぱいに広がります。山椒の香りがなんとも爽やかで、余韻が続く上品な風味はまるでチーズ……そう、イタリアの熟成型のチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノのようでもあります。
熟成の方はいかに? こちらは新物に比べると、最初の口当たりがぐっと穏やかな印象で、なんともまろやか。新物よりも塩気がやさしく、甘みを感じます。香りはより複雑かつ繊細。トロピカルなフルーツの香りを感じ取る人もいるかもしれません。深〜い滋味がじんわりじんわり押し寄せてきます。
どちらも、思わず日本酒をキュッとやりたくなる味。辛口の白ワインも合いそうです。
良質な米を生み出す
自然環境と知恵
優れた技能の継承に取り組む人を石川県が認定する「ふるさとの匠」に選ばれた製造責任者の尻田幸雄さんは、美味しさのポイントは米にあると話します。使用する当目産のコシヒカリは、険しい地形と厳しい気候の賜物です。
「当目は標高が150m以上あります。山に囲まれた地形もあって昼夜の寒暖差が大きく、米は甘みのもととなるデンプンをたっぷり貯め込みます。そしてこのあたりは能登の中でも屈指の豪雪地帯。豊富な雪解け水が地面に浸み込み、やがて湧水となって田んぼの水に使われます。山の棚田は生活排水が入らないので、清冽な源流水で稲を育てることができるのです」と尻田さんは話します。
田んぼを見せていただきました。谷筋を最大限に活かしてきれいに棚田が作られています。当目の田んぼには興味深い特徴があります。その一つが「江(え)」の存在。山から湧き出ある冷たい水を少しでも温めて田んぼに入れるため、田んぼと田んぼの間に細い水路である「江」が設けられ、水を複雑にうまく迂回させています。
もう一つは陰りの管理といわれ、田んぼの周りの山の木が一定の幅できれいに伐られていること。目的は木が日光を遮ってできる陰地を田んぼの上に作らないためです。この地では何百年も前から山主の許可なしで該当する土地の木を伐採し、管理していいというのが不文律になっているそうです。美味しい米にうってつけの環境は、農家の方々の知恵と助け合い、そして大変な労力で生み出され、連綿と受け継がれていることがわかります。
当目のなれずしの深い滋味。その美味しさのヒミツがかいま見えました。