滞在型のスローツーリズムで見えてくる
受け継がれる丁寧な暮らし
七尾湾に浮かぶ能登島は、周囲約70km、7割ほどが山林に覆われた島。縄文時代から人が定住し、漁を中心とした生活が営まれてきました。1982年に能登島大橋が、1999年にツインブリッジが架かり陸路の移動も便利になりましたが、それまでは他の地域との物流は多くはなく、島内ですべてを賄う必要がありました。そのため、海と山の恵みを大切に採り入れた自給的な生活が代々受け継がれてきたのです。今なお、ゆったりとしながらも、丁寧な暮らし方が営まれる能登島では、現代人に必要な本当の豊かさがかいま見えるかもしれません。
Slow-2
島が育むアートとデザイン
作品と向き合う
海辺のガラス工房。
能登や東京などのレストランで徐々に人気を高めているガラス食器が、能登島で生まれていると聞いて訪ねました。ガラス作家・有永浩太さんの工房です。有永さんは大阪・堺市の出身で、倉敷の芸術大学を卒業後、福島や新島などのアトリエで吹きガラスの腕を磨きました。その後、叔母さんが住んでいた能登島の古民家を受け継ぎ、金沢の伝統工芸継承施設の専門員として金沢と能登島を行き来しながら若手作家の育成に尽力。2016年に能登島の家に工房を構えて独立しました。繊細さと力強さが同居するような独特の形と風合いの作品を生み出しています。
有永さんはガラス工芸の魅力について話します。
「私は吹きガラス専門で、すべてフリーハンドでつくっていきます。ガラスは手で直接ふれて形を自由に変えることはできない工芸です。そこがむずかしさであり、おもしろさ。決して飽きることはないでしょうね」
奥さんの史歩さんは福島市の出身。浩太さんとは新島で出会い、結婚。金沢では町家を使ったガラスギャラリー兼カフェを営んでいました。
「能登島には農業と漁業以外の産業は盛んではありませんが、陶芸家やデザイナーなど自分で仕事を生み出して暮らしている先輩たちがいました。私たちも工房を構えるならここかな、ここでやっていきたい。自然と、そう思えましたね」
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
ガラス作家:有永浩太さん
デザインのチカラで
地元の魅力を伝える。
高台に建つおしゃれな小屋をのぞいてみると、なにやらお店のような雰囲気。ここは能登島を拠点に奈良雄一さんと田口千重さん夫妻が主宰する「能登デザイン室」のショールーム。かわいい時計や食器が並ぶ空間は、まるでおもちゃ箱のようです。
田口さんは能登島の隣の七尾市の出身。おじいさんのお墓があった能登島は小さな頃から親しみのある場所でした。大学で建築を学んだあと、イタリア・ヴェネツィアで1年ほど過ごした田口さんは、当時世界から注目されていたイタリアのスローフード運動を間近に見ました。そして、あらためて日本に目を向けると、能登の人々は昔からスローフードを無意識に実践している、とりわけ能登島はスローフードの要素が凝縮されていると気づいたそうです。
帰国後、スローで地に足のついた生活をしたいと、能登島でカフェを開きました。しばらくしてやはりイタリアから帰国した奈良さんと結婚し、事務所を構えました。能登島からインスピレーションを得たオリジナルのプロダクトや、能登島の作家とのコラボ作品、能登の木や珪藻土などを使った数々のアイテムを生み出しています。
物語を紡ぐ人~スロツーびと~
能登デザイン室:田口千重さん