いしかわを選んだ料理人たち

トップNOTOFUE

一本杉 川嶋 店主
川嶋 亨さん

料理人は裏方。
生産者や地域に
スポットライトが
当たる料理を
作りたい。

一般的なごぼうの3倍以上の太さがある沢野ごぼうを自家製味噌で7日間炊いた七日炊き。スジは一切感じず、さらりと滑らか。ごぼうの香りがひときわ強い。沢野ごぼうは七尾市の沢野地区で350年前から栽培されている伝統野菜。栽培に労力を要する沢野ごぼうは後継者難により今では生産者はわずか10軒ほどで、市場に出回ることも稀。川嶋さんは沢野ごぼうに注目してほしいと奮闘している。

挫折を味わったからこそ手に入れた
理想の店。

七尾市の一本杉通りは600年以上の歴史を持つ街道。その中ほどに建つ元万年筆店をリノベーションし2020年夏にオープンした『一本杉 川嶋』は、1年も経たずに「ミシュランガイド北陸2021 特別版」で1ツ星とグリーンスターを獲得。予約は向こう半年以上が埋まるという、話題の日本料理店です。
店主の川嶋亨さんは七尾市和倉温泉の出身。旅館で総料理長を務めるお父さんの姿を見て育ち、短期大学で経営学を学んだあと、やはり料理の道に進みたいと調理師学校で学び直しました。大阪の有名割烹で修業を積み、20代で300人もエントリーした料理コンテスト「食の都・大阪グランプリ」で総合優勝を成し遂げます。「自分の調理技術に酔って天狗なっていたような気がする」時期に交通事故に遭い、料理人の道が閉ざされる危機に見舞われます。苦しいリハビリ中に「お客さんが楽しいと感じる料理でなければ作る意味がない」と考え直し、理想の店を創り上げるために美味しい出汁で有名な割烹や名居酒屋などでさらなる修業を重ねました。和倉温泉の「のと楽」にある「割烹 宵待」の料理長を経て、満を持して開業したのが『一本杉 川嶋』です。

食材に興味を持ってもらうために、
美味しい料理を作る。

8席が並ぶカウンターの中で、川嶋さんは多くの仕事をこなします。プロフェッショナルの手作業が間近に見られるライブキッチンです。このスタイルにしたのも、お客さんに楽しいと感じてもらえる料理を作りたいがゆえ。コースの流れの中では、泥付きの朝獲れ野菜や卸す前の新鮮な魚など、調理前の素材を紹介することもあります。
「どんな生産者がどんなところで作った野菜なのか。どんな苦労があるのか。地元ではどんな食べ方がされているかなど、食材の背景を紹介することで、召し上がっていただく料理にストーリーが加わり、それが楽しさにつながると信じています」

お客さんとのコミュニケーションを大切にしたいと、オープンキッチンのスタイルを選んだ。

沢野ごぼうを使った葛豆腐と穴子しんじょのお椀。能登外浦沖に浮かぶ舳倉島の岩礁で海女が手摘みする生海苔・ぼた海苔をたっぷり使った出汁を張っている。ごぼうの山の香りと海苔の磯の香りが調和した一品。

川嶋さんは能登を中心に地域の優れた食材探しに余念がありません。未来にも残していきたい伝統野菜や海の恵みに注目し、持続可能な食材生産を後押ししたいと、料理人の立場で生産者を応援しています。能登の里山里海の環境を後世につなげるために結成された料理人団体「NOTOFUE」のメンバーとしても活動しています。
店での自分の役割は、食材と生産者、そして食材を生み出す地域の魅力を伝えるプレゼンターでありたいと続けます。
「料理人の仕事としていちばん重要なのは、美味しい料理を作ること。美味しさを感じたとき人は食材に強い興味を抱き、生産者や地域にも目を向けてくれます。私の料理は華やかさもないし、かなりシンプルな方でしょうね。そうしているのも、生産者の思いがのった食材のそのままの魅力を伝えたいから。料理人は裏方。生産者や地域にスポットライトが当たるお手伝いができたらいい。そう思っているんです」

命の出汁は、特注の本枯節や一本杉通りの『しら井昆布店』の3年熟成の利尻昆布などで丁寧に引く。

「能登には世界に誇れる食材がたくさんあります。料理を通じて多くの方に紹介していきたい」と川嶋さん

万年筆にちなんだデザインが印象的な看板建築。この建物の歴史的な価値も保存したいと、外観にはできるだけ手を加えずにリノベーションした。