滞在型のスローツーリズムで見えてくる
手ざわり感のある暮らし
能登半島の中央部に位置する七尾市。穏やかな富山湾と七尾湾に面し、のどかな田園風景と変化に富んだ海岸線が魅力的なエリアです。海辺の市街地から巨大な七尾城址がある山岳まで広がる同市矢田町で、米作りをし、茅葺きの古民家で宿を営む一家がいます。
Slow-2
囲炉裏端のごはん

手際よくごはんを炊く未来さん。「はじめチョロチョロ……じゃなく一気に強火にする気で仰ぐほうが美味しく炊けますよ」。

炊き上がったごはんはきれいに粒立ちしてツヤツヤ。底のほうはちょっぴりお焦げ。これだけでもごちそう。

こんかいわしも自前の米糠と自家製の塩で手作り。薄い筒切りにしてフライパンで炒っていただく。

お風呂は風呂釜を薪火で直接熱する五右衛門風呂。冷たい水が温かいお風呂になる工程を見て、新鮮な驚きを覚える子どもも多い。

土間にある井戸の水は、震災以降、トイレの水洗に活用している。
かまど炊きの
炊き立てごはんを
もりもりと。

ごはんと根菜の味噌汁、おかずは梅干し、豆腐の味噌漬け、こんかいわし、味噌を塗って炙った大根、
菜の花のお浸し、赤かぶの甘酢漬けと、絶好のごはんのお供ばかり。『じろざみ』には電気はありますが、メインのエネルギー源は薪や炭です。冬は囲炉裏で暖をとり、お風呂は薪で五右衛門風呂を沸かします。ごはんを炊くのは、土で自作したかまどと羽釜。お米も丹精込めて育てたコシヒカリですから、もう間違いない美味しさです。
未来さんは地元で獲れる素材を使って、いろんな保存食を作っています。味噌、梅干し、新鮮なイワシを糠漬けにしたこんかいわし、さまざまな野菜の漬物……発酵のチカラを借りて美味しさと栄養価をアップさせる、伝統的な地域の食文化を大切に守っています。
『朝ごはんにしましょうか』と未来さんが運んできてくれたのは、炊き立てのごはんといい香りのお味噌汁。そして、とっておきのごはんのお供たち。美味しくて、美味しくて、ごはんをもりもり食べていると、かたわらで未来さんがニコニコうれしそう。「暮らしの営みがそのまま仕事になったらいいなと、ずっと考えていたんです。今、それが叶っているんだな、と思って」。

この日は次男のにこくんも一緒に朝ごはん。同じ釜のごはんを食べていると、
家族のような気分になってくる。コシヒカリの先祖を
復活させる。

「もともと土地に根付いていた在来品種に興味があるんです」と賢太さん。
賢太さんはお米専門の農家。コシヒカリのほかに「巾着」という耳慣れない銘柄のお米作りにも力を入れています。現代で広く栽培されているお米は、その多くがコシヒカリから品種改良されたもの。甘くてもちもちした美味しさが特徴です。一方、巾着はコシヒカリの5代前の品種で、記録上ではコシヒカリにつながる最古の先祖となっています。賢太さんは図書館をめぐって文献を調べ、この巾着の存在を知りました。そして、遺伝資源を保存する研究施設から巾着の籾を50粒配布してもらい、栽培して徐々に増やしていきました。
「かつては日本中の各地域で、その土地ならではの在来種が育てられていて、お米の味わいも多種多様だったはずです。せっかくだから七尾市矢田町で親しまれていたお米を作りたい」と賢太さんは話します。
巾着はコシヒカリの風味とはまた違った、さっぱりとした口当たりの美味しいお米とのこと。運がよければ『じろざみ』で味わえるかもしれません。

在来品種のお米「巾着」を使った日本酒「吉田蔵u 巾着 貴醸酒」。やさしく上品な甘さに心がほどける。
幻のお米で醸した
ここだけの日本酒。

蔵に眠っていた明治時代のお猪口で、巾着のお酒をいただく。フレッシュな口当たりと、
すっと入ってくるやさしい甘さが心地いい。復活させた江戸時代のお米、巾着を広く知ってもらい、もっと多くの人に味わってもらうにはどうすればいいか? 巾着で日本酒を造ったらどうかと賢太さんは考えました。醸造してくれる蔵を探してようやくたどり着いたのが白山市にある『吉田酒造店』。「吉田蔵」や「手取川」を醸す人気の蔵です。
巾着の特性を考えて造られたのは、仕込み水の代わりに日本酒を使って醸造する貴醸酒。味見をさせてもらうと、なんとも上品で心地よい甘さ。後味すっきり。日本酒と相性抜群のこんかいわしを肴にもらったら……お米の旨みが口の中にぱっと広がりました。